久しぶり

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久しぶり

 ドン、ドン、ドン  リズミカルに空気を震わす音を横断歩道を渡っている途中で耳に捉えた私は、自分が思っていた以上に大規模な催し物がされているのだと知った。まるで空気の中だけで起こっている地震だな、なんて感想を抱きながら私は横断歩道を渡り切り、目の前の長い階段を上った。一段、一段と上がるたびに音は大きさを増す。ふと気づけば、横幅に10人は並べるほどの広い階段のはずだったのに、すれ違う人とぶつかりそうになるほど人が増えていた。50段ほどある長い階段とはいえ、上り始めは手の届く距離にすら人がいなかったのにこうも変わるものかと思わず何度も瞬きをした。  人の流れに身を任せ乍ら階段を上り切ると、人が3人並べるかぐらいの細道に屋台がずらりと並んでいた。普段は犬の散歩やジョギングコースになっている見慣れた通り道で、こうも雰囲気が変わってしまうのかと私はどこか別世界に来た気分で辺りを見回しながら目的地を目指していた。  最近のお祭りはキッチンカーの羅列をよく見ていたけれど、階段でしか登れない場所なので屋台しかないのだろう。まぁ、そもそもこの場所が神社の中心で、会場が奥にある公園広場で車が入れる区域がないのだから当然と言えば当然かもしれない。 「えーと、確か場所は屋台がある道の奥……だっけ」  呟きながら、自分の現在地と目的地を手元のマップを見て確認する。近所で開催されるからと家のポストにチラシサイズで入っていたものを持ってきたのだ。それを見ると、運動場ぐらいの広場がメイン舞台で、サブ舞台は春になれば池の端に並ぶ桜が一望できるこぢんまりとした休憩所で開かれるらしかった。あんな小さい場所にステージが?、と首を捻りながら歩いていくと、先にメイン舞台の方に辿り着いた。  メイン会場は有名な歌手が来るということでかなり広い場所にも関わらず人がすし詰め状態だった。あの中には入りたくないなぁ、と横目に見ながら、私はサブ舞台の方へと足を進めた。掌がじっとりと汗ばみマップを濡らしているのに気づいて、ゆっくり歩いていたつもりがちょっと小走りだったことに気づき我ながら何やってるんだと苦笑した。パッ、と右手を開いてぷらぷらと振れば、秋のそよ風がそっと冷やしてくれた。 「……会えるんかなぁ」  ぽそ、と呟きながら、私は3か月前のことを思い出していた。  その日、同窓会があった。  けど、それに私は参加しなかった。  仕事で忙しかったし、学生時代より5キロも太った姿を誰にも見せたくなかった。また誘いたいから、と皆が登録しているSNSアプリを進められたのでそれだけは言われるがまま登録した私は、一応私だとわかるように顔写真をアップはしていた。皆がアップしているからそういうものだと思い、今の姿を首から上だけ晒している。なんせ、5キロ程度の増量は画像の荒い写真だったら以前と変わらないような姿に見えるし、それぐらいは許容範囲だったし、変わってないよってアピールをしたかったのだ。だって女の子だし。目論見通り、昔と変わらないね、と皆に言われて結構満足だったのでそれには後悔していない。  でも、昔と変わらないように見えたから、こそ。  アプリを通じてメッセージが来たのだろう。 『3か月後野外ライブがあってさ、俺それに出んの。確か奈美の家に近いとこだろ? 来ねぇ?』  前触れもなく来た個人メッセージに私は何度見したか最早記憶がない。本当に私に送られたのだろうかと何度も目を疑ったが、その文には間違いなく私の名前があった。  楽しい記憶と、切ない記憶を同時に思い起こさせる男。  私の、元カレ。  6年前に自然消滅してしまった男からの、お誘い。  断った方が自分のためだと思ったが、自然消滅の理由を知りたがる私が居た。 『どうして、急に連絡をくれなくなったん?』  ……その言葉をやりとりの最中に言えればよかったのかもしれない。でも、そこまで勇気が出なかったし、ていうか、メッセージを受け取った時点で心も指も震えて視界も歪んだし、呼吸も可笑しくなって冷静に頭が働いてくれなかった。それに、なんだか、直接会って聞いたほうがいい気がしてならなかった。ここ6年間一度も会っていなかったから、こそ。 『近いなら、行こうかな』 『会えるの楽しみにしてる』  私のメッセージに秒もかからず来た言葉を思い出しながら私はサブ舞台を探した。 「……あ、あれか」  休憩所の前に、バンドが使うだろうスピーカーや楽器一式が置かれた小さなステージがあった。3人なら余裕はありそうな広さだが、5人グループだと厳しそうな狭さだった。と、思っている所に丁度3人組がステージに上がった。ドラムの人は座ってすぐにステッキを持ち、ボーカルの人はマイクをセットすると「みんな盛り上がってるかー!」という声をかけ、即席で用意されたベンチに座っている観客の方にマイクを向けていた。途端に、「いえー!」「ふー!」と黄色い声と野太い声が混ざりあった空気を震わす歓声が上がった。その歓声に向かって拳を上げながら遅れてステージに上がった人はギターを手に持ち、構えて――
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