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閉めておこうと扉に手を伸ばした瞬間、中に人影が見えた。
(えっ……)
思わず身体がピシリと固まる。扉の奥に見えたのは亜香里に抱きつかれている尊臣だ。
「私、高地先生が好きなんです」
「早見さん」
尊臣は抱きつく亜香里を離そうと亜香里の肩に手を置くが、亜香里はめげずに力一杯尊臣に抱きつく。
「先生のためなら私なんだってしますから。好きなんです。私じゃダメですか?」
「早見さん」
尊臣は堅い声で亜香里の名前を呼び、身体を自分から離す。
「ごめん。俺、好きな人がいるって言ってあったよね? だから早見さんの気持ちには応えられないんだ」
「知ってます! それでも、それでも好きなんです。二番目でもいいです。付き合ってくれませんか?」
うるうると瞳を潤ませ、恋に必死な女の子は同性の華にも凄く可愛く見えた。
「早見さん、俺はその人のことしか見てないから、ごめん」
亜香里の瞳からはポロポロと涙が零れ落ちる。
「私を振ったこと後悔しますからね!」
泣きながら笑った亜香里は小走りで扉へ向かってくる。あ、まずい、と思ったときにはもう遅く、勢いよく出てきた亜香里と肩がぶつかった。
「あっ……えっと……」
なんて言えばいいのかわからず口籠ると亜香里はフンッと華を睨み、小走りで駆けていく。その背中を見つめながら華も歩き出した。
(尊臣くんに好きな人がいるのは私も知ってたけど、あんなに可愛い子を振っちゃうほどその子のことが好きなのね……)
なぜかチクリと胸が痛み、手に持っていたコーヒーの缶を華は両手でぎゅっと握りしめた。冷たいコーヒーは華の手をどんどん冷たくしていく。そのままこの胸の痛みも冷たさで麻痺してしまえばいいのに。
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