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「離婚届をください」
「何枚いりますか?」
「2枚ほどお願いします」
これだけの会話で、市役所戸籍課の職員が私に離婚届を2枚渡してくれた。
「なんて簡単なんだ」
そう思えるほどの作業だった。
夫と出会って25年、離婚届を見ながら、私の頭の中に『限界』という言葉が浮かびあがる。
「今晩、これを夫に突きつけてやる」
そんな決意を抱きながら、私は離婚届を鞄に入れて、市役所を後にした。
****************
私は自宅に戻ると、鞄から離婚届をすぐに取り出して、必要なところに記入した。
捺印も忘れなかった。
夫は堅実で、家族のために一生懸命働いてくれた。
その点は感謝しているが、どうしても許せないところがある。
『家事』『子育て』
仕事を理由に何一つ手伝ったことがない。
私が体調を崩した時も、あなたは知らんぷりだった。
『ありがとう』
せめて、その言葉があれば、どれだけ救われたか分からない。
でも、夫からそんな言葉は聞かれなかった。
そんな夫は、もうすぐ定年退職を迎える。
子供たちは巣立って、この家から離れている。
もう我慢する必要はない。
私の決意は固かった。
****************
「お茶飲もう」
そう言いながら、私は書き終えた離婚届を鞄に入れて、台所に向かう。
電子ポットで沸かしたお湯を急須に入れ、湯呑にお茶を注ぐ。
「お茶の葉入れ替えれば良かった」
そう口ずさむほど、湯呑に入れたお茶は濁っていた。
「苦い」
お茶を口に入れた瞬間、思わずそう叫んでしまった。
『お茶の葉も時間が経てばこんなに濁ってしまうのか、私達みたいに』
そんな感情を抱きながら、私は自身の夫を捨てるかのように、躊躇なく湯呑に入ったお茶を捨てた。
お茶の葉を入れ替えて、再度湯呑にお茶を注ぐ。
お茶の匂いが私を癒してくれた。
『新しく入れ直したお茶のように、私の人生も入れ直したい』
そんな想いが、ひしひしと湧いてくる。
『今日、離婚届けを突き付けるのだから、夕食も作る必要はないだろう』
夕食も作る気になれない私は、コンビニへと足を運ぶ。
もはや開き直っていた。
『夫はどんな顔をするのだろう』
そんな事を考えながら、私は微笑んで歩いている。
微笑んでいる顔を想像している自分もいる。
そんな自分が、怖くて怖くてたまらなかった。
だけど、私はこう呟いた。
『さようなら、あなた』
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