10人が本棚に入れています
本棚に追加
そこには、確かに桜があった。
想像していたより、丸く、可愛らしいピンクの塊があった。
「ソメイヨシノはもうないけど。八重桜も日本らしくて、美しい」
幾重にも折り重なる桜の花びらが、花を咲かせ、またその花がたくさん寄り集まって、大輪になっている。
八重桜はどこかでみたことあるような色をしていた。
「これじゃ、ダメかな」
彼は恐る恐る私にきいた。
きっと、色んな謝罪や、埋め合わせを考えたんだろう。これができる限りの彼の答えなのだろう。
八重桜色のドレス姿で、私は花のそばに寄った。そこで気づいた。
「カメラマンは流石に自分たちなんだね」
彼は思わず口に手をあてた。カメラマンもいる気配もないし、カメラを持参している様子もない。
「写真家の見習いだというのに……」と肩を落とす彼の顔に、ようやく喜怒哀楽が見えた。それをみて私も肩の力が抜け、吹き出した。
「ずっと緊張してたよね」
「情けないや」
「スマホでいいよ。今のカメラ優秀だし、私は自撮りのベテランだからさ」
自撮り棒を出すと、私はあの手この手の、SNS映えテクニックを駆使した。その工夫に、彼は目を丸くして、興味深そうに一枚一枚写真の出来上がりを確認したがった。
とてもよく納得のいく写真が何枚も撮れた。スマホで撮ったので、そのままSNSでも使いやすいし、本格的なカメラよりかえってよかったのかもしれない。
何百枚も連写して、私はようやく満足してスマホをしまった。
「それにしても、もう諦めてたよ」
私はスマホ越しではなく、直接八重桜を愛でた。今まで桜といえばソメイヨシノしか考えていなかったが、八重桜もいいものだ。
「気づくのが遅れてごめん。おれも、もうダメだと思ってた。けど、ある人が教えてくれた。この地域は寒いから、まだ間に合うって」
「ある人?」
彼は口を開きかけた。けれど、もう一度つぐむと、その場で膝をついた。彼の少し声色が低くなり、真剣な目つきに変わった。
「君に会ってほしい人がいる。おれと結婚を前提に、付き合ってくれるなら」
最初のコメントを投稿しよう!