桜婚

14/18
前へ
/18ページ
次へ
 そこには、確かに桜があった。  想像していたより、丸く、可愛らしいピンクの塊があった。 「ソメイヨシノはもうないけど。八重桜も日本らしくて、美しい」  幾重にも折り重なる桜の花びらが、花を咲かせ、またその花がたくさん寄り集まって、大輪になっている。  八重桜はどこかでみたことあるような色をしていた。 「これじゃ、ダメかな」  彼は恐る恐る私にきいた。  きっと、色んな謝罪や、埋め合わせを考えたんだろう。これができる限りの彼の答えなのだろう。  八重桜色のドレス姿で、私は花のそばに寄った。そこで気づいた。 「カメラマンは流石に自分たちなんだね」  彼は思わず口に手をあてた。カメラマンもいる気配もないし、カメラを持参している様子もない。  「写真家の見習いだというのに……」と肩を落とす彼の顔に、ようやく喜怒哀楽が見えた。それをみて私も肩の力が抜け、吹き出した。 「ずっと緊張してたよね」 「情けないや」 「スマホでいいよ。今のカメラ優秀だし、私は自撮りのベテランだからさ」  自撮り棒を出すと、私はあの手この手の、SNS映えテクニックを駆使した。その工夫に、彼は目を丸くして、興味深そうに一枚一枚写真の出来上がりを確認したがった。  とてもよく納得のいく写真が何枚も撮れた。スマホで撮ったので、そのままSNSでも使いやすいし、本格的なカメラよりかえってよかったのかもしれない。  何百枚も連写して、私はようやく満足してスマホをしまった。 「それにしても、もう諦めてたよ」  私はスマホ越しではなく、直接八重桜を愛でた。今まで桜といえばソメイヨシノしか考えていなかったが、八重桜もいいものだ。 「気づくのが遅れてごめん。おれも、もうダメだと思ってた。けど、ある人が教えてくれた。この地域は寒いから、まだ間に合うって」 「ある人?」  彼は口を開きかけた。けれど、もう一度つぐむと、その場で膝をついた。彼の少し声色が低くなり、真剣な目つきに変わった。 「君に会ってほしい人がいる。おれと結婚を前提に、付き合ってくれるなら」
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加