桜婚

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 彼はタクシーをまた呼んで、私を乗せてくれた。一旦スタジオに戻らせてもらい、着替えると、またタクシーに戻った。  本当は君はそのままのほうがいいけれど、しんどいよね、と彼は少し残念そうに自分も着替えた。  戻ったタクシーの運転手に彼が伝えたのは、近くの総合病院だった。  受付で彼が部屋番号を尋ねた人の苗字は、彼と同じだった。彼は決して言わないが、私は彼が仕事をキャンセルした理由に気づいてしまった気がした。  病室に入ると、やせ細ったお婆さんが横になっていた。傍らの机に、手がつけられていない入院食が置かれたままだ。 「ばあちゃん、今日も食べてねぇの」 「おいしくなくてねぇ」  しんどそうに目を細め、覇気がないまま、こちらに顔を向けた老人は、私を見つけて「おや、その方は」と尋ねた。  彼は私に耳打ちした。その内容をきいて、私は急いでカメラロールを繰って、一枚の写真を開き、画面を明るくしてお婆さんに渡した。弱々しい指で持つスマホが震える。 「ばあちゃん、おれ、結婚したんだ」  私の肩を掴み、ぐいと彼は引き寄せた。お婆さんは何度もスマホと私を交互にみて、目を見開いた。最後に彼を見ると、彼は力強く頷いた。 「おれの奥さん。孫の結婚式見たいって言ってたよな」  お婆さんの目にみるみる涙が溜まり、こぼれ落ちた。漏れる嗚咽までもが、弱々しく、か細く揺れる。ピッ、ピッ、とお婆さんに繋がっている心電図の波のリズムが変わった気がする。 「もう、大丈夫だから」  彼はそう言って、唇を噛み締めると、それ以上は口を開かなかった。
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