桜婚

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 帰りもまた、タクシーは待っていてくれた。病院の売店で買っておいたコーヒーを、彼は一日の礼とともに運転手に渡した。  共にタクシーに乗り込んだ彼は、私のアパートにまでついてきてくれた。駐車場で別れようとしたが、私が、あることを思い出して彼を呼んだ。彼は少し目を泳がせたが、疲れた様子の運転手を見遣ると、支払いを済ませてタクシーを帰した。  私は鍵を開けて扉を押すと、靴箱の上に置いていた黒い折りたたみ傘を彼に差し出した。ずっと返しそびれていた。 「とても助かったよ。あの日は寒かったし、雨に濡れていたら風邪ひいてたかも」 「あげるつもりだったのに」  そう言って彼は首を振って受け取らなかった。  二人の間に宙ぶらりんになり、行き場を失った傘を、私は迷ったのち、靴箱の上に戻した。 「じゃあ、これからはここに置いておくから、使ってね」  彼も納得がいったのか、靴を脱いで部屋にあがってくれた。
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