桜婚

　世の中にはいい人がいるものだ。
　実に幸運だった、と私は非常に上機嫌で、撮影の日は早起きした。
　空も私の美しさを引き立たせようとしてくれているのか、綺麗な青空で、桜とのコントラストが楽しみだ。

　プロがメイクしてくれるというが、自分でメイクしていってよかったものか、家を出てから不安になった。プロにメイクしてもらう前に落とすのはこちらとしては全然構わないのだが、相手は迷惑ではないだろうか。

　しかし、仕事場にすっぴんで向かうというのも、私には考えられなかった。事前に確認しておけばよかったとほぞを噛む。

　どこか隙をみて、スタジオに到着前にメイク落としできないだろうか。

　徒歩で最寄り駅までたどり着くと、駅前の桜も満開になっていた。とてもいい撮影になりそうだという期待も心に咲く。

　私は時間を確認しようとスマホを手に持った。

　そのとたん、私の好きな桜ソングがけたたましく鳴り響き、着信を告げた。ディスプレイにはスタジオの電話番号が並んでいる。そういえば、仕事先の番号を登録しておくのを忘れていた。