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手首を掴まれた。新郎役の彼だった。
ガラス越しに店内から私の姿が見えたのだろうか。掴んだ私の手に、黒い折りたたみ傘がねじ込まれた。
「申し訳ありませんでした」
一礼すると、彼は私の返事を聞かぬまま、すぐに店内に戻り、焦った様子でどこかへ電話をかけ始めた。
話をきくくらいすればいいのに、電話をされたらこちらから声をかけることもできない。
私は手元に残った太い傘を見下ろした。
少し迷ったが、留め具を外して、傘を開いた。女性が使うには少し大きすぎる気もしたが、使えないこともない。
こんなことをされて、傘を借りても、何も悪いことはないだろう。
その日は帰宅するなり、雨で重たくなった服を脱いで、シャワーで温まり、パジャマに着替えると、ご飯も食べずにベッドに倒れ込んで寝てしまった。
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