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第1話A:消えない傷
「……う……。」
この日も、悪夢で目が覚めた。
姉が『いなくなった』日の夢。
あの日、姉はいつも通り自分と笑顔で別れた。
「じゃぁ、今日も頑張ろうね、翔。」
同じ中学校の下駄箱のところで、姉はいつも自分の頭を撫でてから教室へと向かう。
中学生にもなって……と照れ臭い気持ちもあったが、それでも彼は嬉しかった。
この日、姉はクラス委員の仕事を頼まれ、彼に先に帰るように言い学校に残った。
しかし……。
その日から、姉は帰ってこなかった。
父と母が心配して警察に連絡。
それから、彼の家には重く辛い時間が流れることになった。
何度も何度も警察の人が家を訪れ、両親に話をしては帰る。
そんな毎日だった。
そんなある日、連続殺人事件が始まった。
彼が気付いた頃には、もう2人目の犠牲者が見つかっていた。
「もしかしたら、お姉ちゃんも……」
「馬鹿、滅多なことを言うものじゃない!」
なかなか眠れなくて、リビングに行こうとしたときに、偶然聞いてしまった両親の会話。
その日から、彼の心の中には不安が常に付きまとうようになった。
そして、それから3か月後……。
「ねぇ、翔……落ち着いて、よく聞いてね。」
「お姉ちゃんが……」
父と母が、真っ白な、まるで日本人形のような無機質な表情で彼の前に立ったのは、叩きつけるようなどしゃ降りの日だった。
「お姉ちゃん、見つかったよ……。」
「うっ、うぅっ……。」
呟くように言う父と、泣きながら父のシャツを掴む母。
何となく、中学1年になった彼には、それが何を意味しているのか分かってしまった。
「お姉ちゃんに、会いに行こう……。」
失意のどん底。
そんな言葉がぴったりな、そんな空気の中、両親に連れられて向かった先は、病院ではなく、何かの施設でもなく、警察署だった。
「こちらが、遺留品です。」
白い布を被せられた姉が横たわる、その隣のテーブルには、姉が持っていた携帯電話、生徒手帳、ハンカチ、髪をとめていたバレッタなどが、全て一つひとつビニール袋に入れられて並んでいた。
並んだ姉の私物を見て、彼は「あぁ、これは姉に間違いないんだ」ということを確信した。
母はもうすでにその時点で号泣し、父は込み上げてくるものを必死に堪えていた。
「お顔……見ますか?」
その場に立ち会った刑事がひとり、心配そうに父の顔を覗き込む。
「はい……お願いします。」
父は、迷っていたのだろう。
顔を見てしまったら、『それ』が姉であると認めてしまうことになるから。
本当は、目の前に横たわっている少女は、姉ではなく、姉は必ずどこかで生きていると、信じていたかったから。
それでも……父は『顔を見たい』と言った。
姉の顔を、少しでも早く、見たかったのだろう……。
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