第1話A:消えない傷

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静かに取り去られる、白い布。 そこには、まるで寝顔のような姉の顔があった。 母の泣き声がより大きくなり、父はまるで自分を吊っていた糸を突然切られたように、膝から崩れ落ちた。 このとき彼は、生まれて始めて父の泣き声を聞いた。 呻き声とも、泣き声とも言えない、低く重い声。 「……ねぇちゃん?」 彼はひとり、横たわる姉の頬に手を伸ばした。 このときに初めて、彼は姉がもう生きてはいないと言うことを確信した。 まるで、ずっと倉庫に仕舞っておいた人形に触れたかのような、ひんやりとした感触。 人の温もりなど感じない、まるでそれは姉ではなく、『姉であったもの』になってしまったような、言葉にし難い感触。 「ねぇ……ちゃん……。」 もう、優しく微笑みかけてくれた姉は、戻っては来ない。 それを悟った彼は、ようやく涙を流したのであった。 家族3人、小一時間ほどその場で泣き、ようやく立てるようになった時にはもう、日も暮れかけていた。 ずっと寄り添い、待っていてくれた若い刑事が、両親に詳しいことを話したいと提案した。 彼は先に帰るようにと両親に言われたが、同席すると言って聞かなかった。 13歳。 今、家族に何か起こっているのか、そのくらいは分かる。 そして、これから話すことは、大切な家族のひとりであった姉が、なぜ、そしてどのように奪われたのか、その説明であることを彼は理解していた。 若い刑事は、彼の意思を尊重してくれた。 「13歳、もう大人に近い分別の出来る歳です。一緒に、話しましょう。これまでのことを、そして、これからのことを。」 出来るだけ言葉を選びながら、しかし事実は包み隠さず、若い刑事は彼ら家族に説明した。 学校の用事が終わった頃には、すでに日が暮れていたこと。 他の被害者が失踪した日と同じ、雨の日だったこと。 最後に防犯カメラで姿が確認できたのは、自宅からでも見えるコンビニ付近であったこと。 死因は、心臓を一突きされたことであり、即死の状態であったこと。 着衣の乱れなどは、一切無かったこと……。 両親にとっては、聞くに堪えない内容。 母は泣きじゃくり、父は茫然自失の状態であった。 だから、彼は二人の代わりに最初から最後まで刑事から目を離さずに話を聞いた。 「犯人の目星は……?」 気がつけば、彼は刑事に質問をしていた。 「申し訳ない。犯行が雨の日と言うこともあり、状況証拠が全て水に流れている状態なんです。大変、難航しています……。」 正直に答える刑事。 自分の望む答えではなかったことに不満はあったが、彼は 「……分かりました。」 と小さく呟いた。
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