第1話A:消えない傷

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「光流ちゃん、今日は泊っていくでしょう?」 この日の夕食は中華料理だった。 普段、あまり光流は中華料理を作ることは無いのだが、今回はたまたま朝のニュース番組で調理のやり方のポイントを放送していたらしく、試してみたくなったそうだ。 「なんでだよ、家が目の前なんだから、帰れよ。」 「あらあら、こんなに美味しいご飯を作りに来てくれた光流ちゃんに、そんな酷いこと言わないの。」 「そうだぞ。こんなに美人さんがうちに顔を出してくれるだけでも、有難いと思わないとな。」 両親は、翔よりも光流の味方である。 結局、光流は泊っていくことになり、父と晩酌をしながら、他愛もない話に花を咲かせるのである。 「あ……お姉ちゃんにお線香あげてなかった……。ちょっと行ってきてもいいですか?」 「あぁ、ありがとうね。きっと喜ぶよ。」 光流は翔の姉の部屋にまっすぐ向かう。 もう、自分の家のように知り尽くしている翔の家。 備品がどこにあるのかも知っている。母が教えたのだ。 「翔、お前も行ってきなさい。」 「……おぅ。」 父が翔に目配せをする。 これは、父の光流に対する気遣いでもある。 翔の姉と光流も、姉妹のように仲良く育った幼馴染である。 もしも自分に姉がいたら、そんなことをいつも言っていた光流に、翔の姉はこういった。 「私がお姉ちゃんになってあげる。お友達よりも仲良くしましょう。」 この一言で、光流は完全に翔の姉に懐いたのである。 翔・光流と姉の年の差は2歳。 やっと同じ中学に通い始め、これから3人で楽しい学校生活を送っていこう、そう思っていた矢先の事件だった。 先に姉の部屋に入っていた光流。 その背中を翔が見て、確信する。 (光流……今日もやっぱり泣いてるな……。) 家族以外にも、事件で傷を負った者がいる。 光流も、その一人なのだ。 「お姉ちゃん……。」 こちらを向いていないが、声は涙声。 こういう時、翔はどう声をかけていいのかわからず、光流が落ち着くのをただ、待った。 「落ち着いたか?」 姉の遺影の前で手を合わせる光流。 頃合いを見て、翔が声をかけた。 「……うん。」 光流は、驚くでもなく、ただ一言返事をした。 「この部屋、ずっと変わらないね。あの頃のまま。」 「あぁ……母さんが毎日掃除してるよ。」 姉の部屋は事件当時のまま。 中学3年生の女の子の部屋そのままで残されていた。 「私たちはもう、23になるけど……この部屋はずっと時間が止まったまま。お姉ちゃんと一緒に、大人になりたかったね……。」 光流は、涙を拭きながらそう呟いた。
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