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姉の遺体が見つかった、あの日。
翔は呆然としながらも日々を無為に過ごすしかなかった。
そして、光流もまた心に大きな傷を負い、しばらく部屋にこもったきり出てこなかったらしい。
これは翔がしばらく経ってから光流の母から聞いた話ではあるが、当時の光流は、もう目も当てられないほど落ち込み、食事もろくに取らなかったらしい。
衰弱し、憔悴した光流を元の生活に引き戻した言葉、それは、
「翔も同じように心の傷を負っている。お姉ちゃんはもう、帰って来ない。でも、光流ちゃんと翔には、前向きに元気に生きて行って欲しい。」
翔の父の、この言葉だった。
光流はこの言葉で、立ち上がる決意をした。
「翔ちゃんが一番悲しいはず。だったら、私は翔ちゃんのお姉さんの替わりのように生きよう。明るく元気に生きて、翔ちゃんの心の傷を癒してあげよう。」
光流本人の体調が戻るのにも多少の期間を要したが、それでも光流は翔よりも早く学校に復帰した。
傷ついた翔を迎える、ただそれだけのために。
「ねぇ、翔ちゃん……。」
その気持ちは、23歳になった今も変わってはいない。
しかし、光流の心の中には少しずつ変化が生まれていった。
もう、お互いに子供ではない。
光流は少しずつ、翔のことを異性として意識していたのだ。
「まだまだ私たち、お姉ちゃんのこと引きずっちゃってるけど、それはもう仕方ないことだから、その傷も一緒に生きていこう。」
ただ、そのことを翔に打ち明けてしまったら、ずっと続いてきたこの関係が壊れてしまうような、そんな気がしたから、光流は敢えて、自分にも翔にもこう言い聞かせている。
「翔ちゃん、あなたには私のような『お姉ちゃん』がいるわけだしさ!」
幼馴染の関係が、ずっと、そしてより近くで翔と一緒に居られるポジションだ、ということを……。
「どう考えても、お前よりも俺の方がしっかりしてるだろ。」
翔が笑う。
そう、幼馴染として明るく振舞っていれば、こんな風に翔が笑ってくれる。
今の自分には、それだけで充分だった。
身近に翔がいて、光流に笑顔を向ける。
ただそれだけで、光流は幸せだったのだ。
きっと、二人の心の傷が完全に癒えることは、もうないのだろう。
そして、もしかしたら翔は、他の誰かと付き合い一緒になるかもしれない。
それならば、その日を迎えるその日まで、出来るだけ少しでも多く、翔の側に居たい。
この関係のままでいい。
ただ、側にいたいだけなのだ。
「私、お布団敷いてくるね。翔ちゃんは先にお風呂でしょ?タオルとか準備しておくよ。」
小さいときからずっと焼いている、翔の世話。
23歳になった今もなお、光流はそれを続けることで、翔の心の中の居場所を確保しているのだ。
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