第1話A:消えない傷

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姉の遺体が見つかった、あの日。 翔は呆然としながらも日々を無為に過ごすしかなかった。 そして、光流もまた心に大きな傷を負い、しばらく部屋にこもったきり出てこなかったらしい。 これは翔がしばらく経ってから光流の母から聞いた話ではあるが、当時の光流は、もう目も当てられないほど落ち込み、食事もろくに取らなかったらしい。 衰弱し、憔悴した光流を元の生活に引き戻した言葉、それは、 「翔も同じように心の傷を負っている。お姉ちゃんはもう、帰って来ない。でも、光流ちゃんと翔には、前向きに元気に生きて行って欲しい。」 翔の父の、この言葉だった。 光流はこの言葉で、立ち上がる決意をした。 「翔ちゃんが一番悲しいはず。だったら、私は翔ちゃんのお姉さんの替わりのように生きよう。明るく元気に生きて、翔ちゃんの心の傷を癒してあげよう。」 光流本人の体調が戻るのにも多少の期間を要したが、それでも光流は翔よりも早く学校に復帰した。 傷ついた翔を迎える、ただそれだけのために。 「ねぇ、翔ちゃん……。」 その気持ちは、23歳になった今も変わってはいない。 しかし、光流の心の中には少しずつ変化が生まれていった。 もう、お互いに子供ではない。 光流は少しずつ、翔のことを異性として意識していたのだ。 「まだまだ私たち、お姉ちゃんのこと引きずっちゃってるけど、それはもう仕方ないことだから、その傷も一緒に生きていこう。」 ただ、そのことを翔に打ち明けてしまったら、ずっと続いてきたこの関係が壊れてしまうような、そんな気がしたから、光流は敢えて、自分にも翔にもこう言い聞かせている。 「翔ちゃん、あなたには私のような『お姉ちゃん』がいるわけだしさ!」 幼馴染の関係が、ずっと、そしてより近くで翔と一緒に居られるポジションだ、ということを……。 「どう考えても、お前よりも俺の方がしっかりしてるだろ。」 翔が笑う。 そう、幼馴染として明るく振舞っていれば、こんな風に翔が笑ってくれる。 今の自分には、それだけで充分だった。 身近に翔がいて、光流に笑顔を向ける。 ただそれだけで、光流は幸せだったのだ。 きっと、二人の心の傷が完全に癒えることは、もうないのだろう。 そして、もしかしたら翔は、他の誰かと付き合い一緒になるかもしれない。 それならば、その日を迎えるその日まで、出来るだけ少しでも多く、翔の側に居たい。 この関係のままでいい。 ただ、側にいたいだけなのだ。 「私、お布団敷いてくるね。翔ちゃんは先にお風呂でしょ?タオルとか準備しておくよ。」 小さいときからずっと焼いている、翔の世話。 23歳になった今もなお、光流はそれを続けることで、翔の心の中の居場所を確保しているのだ。
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