あのタクシーに乗ろう!episode①(そのドアを開けると何かが始まる)

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【4月7日9時50分】 「ここから人生を変えよう」 青々と広がった空を見上げ、タクシー乗務員の制服を着た1人の男が立っている。 黒髪にショートヘアーは誠実で清潔感がある。また、整った眉毛は真面目な印象も受ける。 目の前には大きな門に株式会社栄行タクシーと書かれた表札が。その横に『タクシー乗務員募集!!』と書かれ立て掛けられた看板がある。 彼の名前は一條耕介。学生時代から夢見ていた俳優業の道を諦め、30代半ばにして新たな気持ちでタクシー業界へ飛び込もうとしていた。 「ふぅーー、今日の最終研修が終わると僕のタクシー人生が始まるんだ……。大丈夫。僕にも出来るはずだ……」 人生の岐路に立たされたこの男は数日前に取得したばかりの二種免許を眺めながら不安混じりの決意を口にした。 ファファーーーーン!!! そこに突然背後から大きなクラクション音がした。 振り替えると凄い勢いで迫るその黒塗りのタクシー車両は、一條の少し後ろで急ブレーキをかけて止まった。 タクシー車の運転席のドアがバタッ!と勢いよく開き、少し背の低い60歳を若干越えたくらいであろうか、今時の感覚ならこの辺りを初老と呼ぶのであろう男性が凄い剣幕でドアを閉め車から降りて駆け寄って来た。 「おい!!真田はいるのか?!真田ァーーー!!」 一條はその勢いに圧倒されて固まる。 (「………。この方は……ヤクザ??真田って一体……?」一條の頭の中を一瞬で恐怖が駆け巡る。 初老の男が怒りの矛先とは無関係のはずの一條を睨み付けながら怒鳴る。 「あの野郎!!タクシーメーターが故障してるから直しておいてくれってあれだけ頼んでいたのに……!てっきり直してるもんだと思って朝来て客を乗せて走ると直ってなかったんだよ!またそういう時に限って遠距離の客で、本当なら2万円くらいになってたはずがメーターが上がらず、600円しか貰えなかったんだよ!」 今にも首を絞められそうになる一條が後退りする。 そして「ん?お前……、見ない顔だがうちの制服を着てるって事はここの乗務員だよな?」初老が一條をジロジロ見ながら問い詰める。 「は、はいっ!今日の最後の新人研修が済み次第、タクシー運転手として乗務する事になります一條です!」戸惑いながらも頭を下げる。 「そうか、……だと思ったよ。社長が今日から新人が入るって言ってたからよ。俺は内田ってんだ。内田源三郎。よろしくな」タバコに火を付けながら男が自己紹介してきた。 「今日が最後の研修か。なら事務所の場所は何度も行って知ってるんだろ?門をくぐったタクシー置き場を過ぎた先だからな」 内田と名乗った男が指を差した先には、数日前から学科の研修にも通っている小さな2階建ての事務所がある。 事務所の場所を告げると内田は自分の車へのしのしと戻って行った。 「(ここの従業員運転手の人だったのか……てっきりヤクザかと思った…)」 一條はいきなりの恐ろしい従業員の登場に少し気後れしながらも、10台ほどの駐車スペースがあり今は2台だけがポツポツと止まっているタクシー置き場の横をすり抜け、数日前から研修として通い続けている小さな事務所の前に立つ。 そして大きく深呼吸してから事務所の扉を開けた。
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