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「どうも!新人運転手の一條です!本日もよろしくお願いします!!」入るなり大声で挨拶すると周りをチラッと確認する。
「おお、時間通り来てくれたな。お疲れさん」
ソファーに座り背中を向けてテレビを見ながら寛いでいた白髪の老年男性は立ち上がり、一條に体を向けた。
株式会社栄行タクシーの社長、藤原謙一である。社長とは言っても小さい会社だからなのか、少し汚れた作業着を着ていてあまり貫禄があるとは言えない。
そして隣にもう1人、これまでの新人学科研修の方を担当してくれていた女性が近くに立っている。
相川和美だ。彼女は40代のシングルマザー。栄行タクシーの新人研修を担当しながら乗務員も兼任しているらしい。綺麗な顔立ちで若い時はさぞモテていたに違いない。
社長は手にしていたコーヒーを飲みながら一條に話す。
「昨日言ったが今日は最後の研修として班長運転手と一緒に実際に現場に出て行ってお客さんを乗せてもらう。その後昼過ぎくらいからは1人で車を走らせて営業に行ってくれ。一條君のこれからの勤務時間は朝7時から深夜2時までとなっているから今日もそれくらいには帰ってきてくれな」
タクシーの仕事には隔日勤務と日勤勤務という勤務体系がある。
隔日勤務とは1日24時間の中から決められた長い拘束時間内で休憩を取りながら働き、逆に次の日は朝から夜まで丸1日休みという形で1日置きに勤務する。
つまり1日で2日分働いて次の日は休むイメージの勤務体系の事である。
日勤勤務とは昼勤や夜勤など通常の勤務時間に週6日や5日など出勤して働く勤務体系。
タクシーの乗務員は上記の隔日勤務で働く者が圧倒的に多い。
社長が続ける。「君の現場研修を担当する班長運転手なんだが、実はまだ来てないんだ。他に頼みたい事もあったから早く来いと言っておいたんだが、あいつは一体何をしているんだ!」
呆れた顔をしながら社長はフカフカしたソファーにドカッと座る。
ソファーの横には『栄行オリオンズ』とプリントされた青色の草野球チームのユニフォームが掛けられておりその横にはテレビが付けられていた。
「……T市で目撃情報があった……銀行強盗犯の……」
いよいよ今日からタクシーに乗るという不安と緊張が全身から溢れだしている一條の姿を見て察したのか、相川が近付いて話し掛けてくる。
「大丈夫よ。研修でも少し言ったけどこの仕事は「ありがとう」と言って降りて下さるお客様がほとんどなので自分も自然とお客様に対して優しい気持ちになるわ。
それにもし万が一送る道を間違えたり自分に何か失敗があったとしても、それを変に誤魔化したりせずキチンと間違いを認めて謝れば、それ以上怒る人ってそうそういないのよ」
相川は優しい笑顔を見せて、入れたばかりのコーヒーを一條に差し出す。
一條が貰ったコーヒーを一口飲もうとしたその瞬間、ガチャッ!と勢いよく事務所の扉が開いた。
「遅くなりました!社長!!」
慌てて入って来たその大きな声がした方へ顔を向けるとそこには、
骨格や姿勢は良いいが髪の毛は少し跳ねさせネクタイもだらしなく絞められた、少し杜撰な印象の40代半ばくらいの男が立っていた。
男は調子良さそうに社長に向けて胡麻をすろうとする。「いやぁ~あ社長、すみません!道が渋滞してて……」
間髪いれず社長が少し怒鳴り声を上げる
「真田!!」
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