7人が本棚に入れています
本棚に追加
そして社長はすぐさま、
「嘘を付くな!どの道が渋滞してたって言うんだ?!今日は早く来てくれと言っただろ!」と言い放ち、そして一息置いて、
「この子が新人研修を頼みたい一條くんだ。ちゃんと教えてやってくれよ」と、社長が一條の方へ体を向けて真田と呼ばれた男に紹介する。
一條はそれを見て慌てて挨拶する。
「初めまして!一條耕介といいます!タクシー乗務は初めての仕事なのでよろしくお願いします!」
一條が緊張しながら深く頭を下げる姿をジーーっと見た後で、真田が一條の肩をポンっと叩く。
「心配するな、難しい仕事じゃない。道が分からない時は『新人だから』と言って客に聞けばいいだけだ。俺は真田明。よろしくなっ」
にこやかな笑顔に加えて子供っぽいVサインを見せて真田が挨拶を返す。
そう言い終わると真田は社長に振り返り「てか社長、頼みたい事って何ですか?」と尋ねる。
社長は「4丁目の長谷川さんを迎えに行って第3病院まで送って欲しかったんだが、お前が来ないから相川さんに行ってもらったところだ」そう言うと社長は相川を見た後、テレビの方へ顔を向ける。
「今送って帰ってきたところなのよ」相川は真田を見て少し笑いながら言う。
真田は相川を見て「すみません、すみません」と、調子良さそうに手の平を合わせた。
そしてタクシー車両の鍵が並べてある棚へ向かうとそこにある鍵を1つひょいっと掬い上げる。
最後にテレビを見る社長に向けて「では社長、そろそろ行ってきますから!君はついてきて」と言って歩き始めた。
それを見て一條がついていく。
「しっかりと頼むぞ!」背後から社長の檄が飛ぶ。一條は歩きながら振り返ると相川さんは2人を見て小さく手を振っていた。
2人は事務所の外へ出てタクシー置き場の中から1台のタクシー車両へと向かう。
歩きながら真田は「とにかく事故だけはしないようにな。事故を起こすとさっきの社長も、それはそれは恐ろしい鬼になるからよ……。」
真田が両手の人差し指を1本ずつ自分の頭に立て、恐ろしい顔をしながら鬼に見立てて顔を一條に近付ける。
「とにかくタクシーは『急』が付く動作をしない事。急ブレーキ、急発進、など。それだけは覚えておいてくれな」
真田が得意になって歩きながら話す。
するとそこへまた背後から、聞き覚えのある大きな叫び声がした。
「見付けたぞ!真田ーーーーッッ!!」
2人でビクっとしながら振り返ると、さっきの内田と名乗った初老の乗務員だ。
全力でこっちに向かって走ってくる。
「………………。ヤベエ!!源さんだ!」
そして間髪入れずに「逃げるぞ!!」
言い終わると真田は止めてあるタクシー車両へ向かい真っ先に走る。
車のドアを開けて運転席に乗り込んだ真田はシートベルトを締めながら、
「早くこっちに来い!!」と、大きく手招きして一條を促す。
「早く来い!捕まるとヤベエぞ!!」
「(えっ?!ヤバいって言うのは、僕も??)」一條がパニックになりながら頭の中で状況を整理している間に真田は一條の腕を引っ張り助手席に乗せた。
「行くぞ!!」
車はアクション映画でしか見た事がないような急発進をして初老の乗務員内田を振り切った。
最初のコメントを投稿しよう!