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【10時30分】
「ふぅーーー、ここまで来たら大丈夫だろ」
閑静な住宅街にある綺麗な公園の前に車を停め、真田は深呼吸をして車の外へ降りる。
「いやぁぁ~、実は源さんから…いや、源さんってのは内田さんの事なんだけどさ、源さんの車のタクシーメーターが壊れてるから業者に修理出しておいてくれって頼まれてたんだけど、すっっっかり忘れてたわ!」
そう言い終わると真田は腕を組んで更に続ける。
「いやしかし俺もさ、こう見えて班長だし色々仕事があるわけよ。それがまさか……、壊れたままそんな遠距離を走る事になるとは源さんも運がないよな!」
真田は、はははっと笑った。
一條もシートベルトを外して車の外へ降りた。
そして真田は自動販売機から缶コーヒーを2本買ってきて一條に1本渡すと、「じゃあ、これ飲んだら君が運転して営業してみようか。俺が横に乗ってサポートするから」と告げる。
コーヒーを飲み終え2人で自動販売機の前から車に向かうと、公園の向こうから赤い服を着た中年女性が両手に買い物帰りのビニール袋を抱えながらこっちに手招きをしている。
「ああ、タクシーに乗るんだな。じゃああの人から乗せて営業していこう」
そう言うと真田は助手席に乗りシートベルトを締める。
一條も運転席に乗り込むと、
「(もういきなりお客さんを乗せるのか……)」
ドキドキしながら車のドアを閉めた。
一條の運転で女性のすぐ近くに車を停車させ、研修で習った通りの手際で運転席から左後ろのドアを開く。真田が助手席から「どうぞ!乗って下さい!」と明るく声をかける。
小肥りの女性の赤い服はよく見ると、昭和の時代に大阪でよく売っていたような、真正面から見た虎の顔の絵の刺繍が刻んである。
虎の刺繍の服を着た中年女性は「よっこらしょっ」と乗り込み、「近いんだけどN筋山手の2丁目に行ってちょうだい」と行き先を告げた。
真田は、「承知しましたー!」と調子良く返事するとそのまま一條の方へ体を反転させ、「聞いたな?N筋山手の2丁目だ。場所や行き方は分かるか?」と声をかける。
一條はこれまで地図などで付近の勉強はしておりおおよその場所は分かっているものの、いざ実践となると少し不安になって
「いや、自信がないので班長。行き方を教えて下さい」と正面を向いたまま小さい声で返事する。
しかし真田は「いやごめん。俺も分からないんだ……」と言って下を向く。
「えっ?!」
耳を疑いながら一條は助手席の真田へ首を回す。
「あーーッッ!ハッハッハッハ!!!嘘ウソ!そんなわけないだろ!何年やってると思ってるんだよ!」真田は大笑いしながら一條の肩をポンポンと叩く。
「ちょっと!!早く行きなさいよ!」後ろの女性が身を乗り出して2人を急かす。
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