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「よーう、急な呼び出しとか久々じゃん。どした」
「相変わらずいつよんでも来るんだなお前……」
平日の真昼間、急な呼び出しにも関わらず待ち時間数十分でやって来た友人を感謝の気持ちはあるもののどこか呆れながら眺める。
こいつと会うの自体は、予定を合わせてちょくちょく飲んでるからそこまででもない。
ただ、はた迷惑とも思える無理難題にも、ひょこっと顔を出して笑顔で世話だけして去っていくような、そんな頼り甲斐のある所があった。
「予定は俺が握ってる職業だからなぁ。ある意味年中無休よ自営業は」
「……それはお疲れ様」
「どもども。んでなに、どした?」
「このあたり久しぶり過ぎて道が分からなくてさ」
毎日電車で通り過ぎてはいる駅。
窓からの景色は見慣れたものだが、開発が進んだせいかよくわからなくなっていた。
昔よく通っていたラーメン屋を目印にして、なんとか目的地の大きな本屋へ行こうとしてもたどり着けず、この男を呼んだのだ。
「……ふぅん?」
何かを見定めるように目を細めて、俺を頭のてっぺんから足の先まで友人は眺める。
「なんだよ、『大人のくせに地図も読めない』とでも言いたいのか」
「いや? そんなことは全く。『お前のことだから地図ぐらい読んでるんだろうなー』とは思ってさ」
「ああ、立ち止まってはアプリを見ながら確認して進んでるんだが……どうしても同じところに戻ってしまって」
「それで、結局最初の駅で俺と顔を合わせていると」
「そんなところだ」
顎に手を当ててふむ、と短く呟くと友人は歩き始めた。
「え、おい……?」
「二人一緒に行けばたどり着くでしょ。懐かしい話でもしながら歩こうぜ」
「あ、ああ」
言われるがまま、二人でも行ったことのあるラーメン屋を通り過ぎながら上手いメニューの話をする。
ビルの一階にある飯屋が並んでいて、どこも人が集まる場所にしては安く昼時には人であふれている。
少し行くとある和物の雑貨屋の店先は街中でもいつも季節を感じるようなものになっていて、今は秋の紅葉をモチーフにした手拭いがかかっていた。
一人で通った時は空き店舗が増えているように感じていたが、そんな店は一つもない。
しいて違いを言うなら、合併したことで看板の色が変わったコンビニが一店舗あるだけだった。
2階の窓に昔は真新しかったのに、少し剥げてきた「英会話」の文字があるビルを曲がる。
そこには、行きたかった大きな本屋の看板。
「……あ、れ?」
「お、たどり着いたな。やっぱ喋ってると余計な事考えないからつきやす」
「いや、いやいやいや。絶対にこれは」
――おかしいだろ。
その言葉は、友人の指先が「静かに」という動作をした事で音にならなかった。
真剣に細められた瞳と、普段より少しだけ低い声で彼は言った。
「お前はちょっと道に迷っただけ、な?」
「え? あ、ああ……」
どことなく圧が強くて、思わず頷けば彼はまた本屋の入口の方へと進み始める。
急いで追いかけながら、俺は長い間聞いていなかったのに気づいた。
「なぁ、そういえばお前の職業って……」
友人はニッ、と笑って振り返った。
「こういう『平和』なの、久しぶりで楽しかったぜ?」
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