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レトルト食品や卵、牛乳のパックが散乱し、足の踏み場もない床の上を、薫は充希と共にそろそろと進んでいった。
声をかけようと口を開いたが、しかしそれより早く蟹山は振り向く。ケチャップの染み付いたシャツをすする彼は、どうやら薫が肩からかけているバッグの中身に気づいたらしい。
「蟹山さん、ほぉらお菓子ですよ・・・・・・」
まるで犬を誘うような口調で、バッグの中身から未開封の菓子袋を取り出し、眼の前に掲げてみせる。その瞬間、蟹山は持っていたシャツを離し、獣のような唸り声を発すると同時に菓子袋に飛びついた。
「うぉっと、大丈夫か」
囮のスナック菓子を奪われないよう、避けようとしたところをふらつき、充希に支えられた。食べ物の残骸に背中から突っ込むところだったので、素直に礼を言う。
もちろん、この部屋の床に散らばっている食品のパックや容器は、全て欠片も残さずに空っぽである。空腹感に耐えかねた患者は、個包装の納豆パックでさえも舐め尽くすのだ。食べ物がひとつでも残っているはずがない。
赤い布めがけて突進する闘牛のように、蟹山は、よだれを垂らしながら叫び声をあげて薫の持つ菓子袋を奪おうと手を伸ばし、追いかける。しかし、掴ませるわけにはいかない。この場所から連れ出し、意地でも病院に連れて行かせるための餌なのだから。
「蟹山さん・・・・・・一緒に病院、行きましょうね」
もう、その言葉さえも聞こえていないだろう。蟹山は獲物を目の前にした獣のように唸っている。菓子袋を持ったまま、薫は走り出した。その後を四足歩行で追いかける、蟹山。
その姿には、摂食中枢機能低下症にかかっていなかった頃の有能なサラリーマンの面影など、欠片もなかった。
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