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かつて食卓として使われていたのであろうテーブルの脚は、積み重なるパックやら容器やらに埋め尽くされ、床との接触部分が見えない状態だった。しかし、充希は散乱した床を掘りかえし、やっとのことで目当てのものを見つけ出す。
欠けた歯を2本、白く小さな破片と共に拾い上げた。
歯が折れるまで、机の脚にかじりついたのだろう。その事実は、蟹山の空腹感がより一層増していること──つまり、症状の進行を意味していた。
効果的な治療法を持たない摂食中枢機能低下症の患者が最後に行き着くのは、完治ではなく死だ。蟹山がステージⅢに移行したということは、彼のもとにも、それだけ死神が近づいている。
充希は小さめのジップロックを取り出すと、拾い上げた歯を慎重にしまい、バッグの中に戻した。
病院に連れて行かれた蟹山に、抜けた歯を縫合させてやるような余裕があるとは思えない。しかし、このまま捨てて焼却炉で燃やされるのにも、どこか抵抗があった。
「食い物じゃないものにさえ噛みついて、齧ろうとしたのか。吐いてるのに食べるのを止められず、社会性どころか理性もない。もうステージⅢまで進行してる」
充希は、ぼそりと独りごちた。
摂食中枢機能低下症にはいくつかのステージがあり、4つに分けられている。
ステージⅠは、初期症状のみを表す数値だ。異常な食欲の亢進というよりも、脳の一部の機能が低下したことによる、一時的な注意散漫や認識力の欠如が主な症状である。
次のステージⅡは、患者が違和を感じて病院にかかる程度のレベルだ。個人差はあるものの、脳機能の一時的な低下という初期症状は収まる代わりに、今度は強烈な空腹感に襲われる。この時点で、患者は異変を感じて病院に行くものだ。蟹山も、初診のときからずっとステージⅡだった。
しかし、今の彼は、もうステージⅢまで症状が移行している。
食料を接種すること以外の動作が全て怠慢になり、食材ではない物質も口に入れようとする状態だ。
ステージⅡからステージⅢへ移行する場合、その予兆はほとんどない。急変することがほとんどだ。だから、食欲に抗えなくなり、1滴のジュースのシミにさえ異常に執着するようになった時点で、普通は入院治療の手続きと準備が始まる。
だが蟹山は、意思と理性がある状態で、確実に入院治療を拒んでいた。それは恐怖や不安による抽象的な理由ではなく、金銭的な面から来る現実的な問題だ。
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