蟹山という患者

3/7
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
「入院治療は、非常に高額です。国から許可が出たとはいえ、患者数も少ないので保険も適用外。治療薬ともいえない投薬でしばらく誤魔化して、また眠らせる。その繰り返しで、数年間入院することもざらなんですよ」  既に焼肉弁当の蓋に手を伸ばした蟹山へ、薫は告げた。箸を持つ暇さえ惜しいのか、彼は手づかみで焼き肉とその下の白米を掴み、香ばしい匂いのタレをこぼしながら口に放り込む。  口周りをタレで汚しつつも、蟹山は真摯な眼でうなずいた。高速の咀嚼音に混ぜるようにして、彼は眉をひそめる。 「」  それは難しいですね、と言いたかったようだ。予想通りの答えだ。  蟹山がはやくに両親をなくし、親戚も兄弟もおらず、頼れる人は妻の美保だけということを薫も知っていた。入院を選択すれば、間違いなく破産するだろう。  しかし入院治療をしないとなれば、極度の飢餓感を抱えたまま、常に意識を保ち続ける生活を送るのだ。少なくとも、仕事は辞めなければならないだろう。すべてのことを自分一人でするのは難しくなるだろうし、頻繁な通院も必要になってくる。  それでもいいのか、と薫は蟹山に尋ねた。  彼は空になった焼肉弁当をまだ抱えながらも、3つ目の弁当箱を開けている。とても日常生活を送れるとは思えなかったが、蟹山は炊き込みご飯を手で掬い上げながら肯定の意を示した。 「」  ──美保(みほ)に迷惑をかけるなら我慢します。俺の入院費なんかのために、迷惑をかけたくないですから。 「わかりました。入院治療は行わず、定期通院と薬で自宅での療養ということですね。ただ、症状があるていど収まるまでは、奥さんとは会えないですよ」 「」  覚悟をもった蟹山の回答に、薫もしっかりと念を押す。  とりあえず今は、彼の言った「もちろんです」という言葉と、真剣な目を信じるしかなかった。 「ああ、それともうひとつ、大事なことを──」  薫は最後に、ある事実を付け加えた。そのことにも、蟹山はうなずいた。  これで、事実上彼の通院治療を止めるすべはなくなった。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!