蟹山という患者

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「確かに、入院しなかったら辛い日々を送ることになる。けど、その先のリスクも危険性も全部理解したうえで、本人が了承してんだ。患者の決めたことに医師が向き合えないでどうする」  充希の鋭い言葉に、薫の中で渦巻いていたもやが払拭された。一瞬でという訳にはいかないが、少しずつ、入院をしないという蟹山の選択に納得していく。  意識がある状態で放っておけば、精神異常者に似た行動さえ取るようになる。へたをすれば、本当に精神に異常をきたしてしまうだろう。  そうなるくらいなら、と国に申請した『入院治療』は、案外はやく許可が降りた。  摂食中枢機能低下症の患者は、これで苦しまなくて済むと全員が両手を挙げて賛同したらしいが、それでもやはりデメリットは無数にあった。 「高額な治療費、家族や配偶者の心身への負担、対応できる病院の少なさ。入院治療ができるといっても、課題は山積みなんだ。奥さんとしばらく会えないのは寂しいだろうが、入院したらもっと離れてる時間が長くなるぞ」  ──俺だったら、2人が別れるつもりがない限り通院治療の方を勧める。本人が全部覚悟してるんならなおさらだ。  力説する充希に、薫は目をやった。  蟹山を担当しているわけではないが、彼も摂食中枢機能低下症の患者を何度も診察している。入院を選んだ患者も、通院だけで治そうと試みた患者も、どちらも見てきただろう。  結局、どちらの道にも困難と苦痛が待ち構えていることを理解して、それでも蟹山の気持ちを汲もうとしているのだ。 「そうだよね・・・・・・蟹山さんが希望してるんだから、通院で良いんだよね」  薫は、途切れることのない食欲に身を任せながらも、真剣な表情で話を聞いていた蟹山の姿を思い出し、ぽつりとつぶやいた。
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