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翌日から、蟹山の通院による治療は始まった。通院は週に3回のペースだあが、その後はやがて毎日に変わっていく。食欲を抑える薬の処方や、胃に負担をかけすぎない食材に関する説明がほとんどだ。
体重測定や脂肪率の測定も定期的に行い、できる限り健康を保つための努力もしている。
蟹山の妻である美保にも、忙しい合間を縫って病院に来てもらった。黒髪をゆるく後頭部で結った温和な雰囲気の彼女に、薫は、蟹山にしたものと全く同じ説明をした。
「そんな・・・・・・」
最後まで聞き終えると、予想通り彼女は顔を青くした。正確に話すことは酷だったかも知れないが、いざというときのために備えて、理解しておく必要がある。
「そういうわけですので、万が一の際は病院から連絡します。蟹山さんのご遺体は、私達が最初に拝見しなくてはいけないので」
効果的な治療法が発見されていないがゆえに、この病の患者が最終的に行き着くのは、完治ではなく死だ。そのため、患者の家族は最悪の事態がほぼ確実に起こるということを覚悟しておかなくてはいけない。
その旨も話したが、彼女は耐えきれなかったようだ。たちまち大粒の涙が溢れ出し、頬を伝った。
彼がいなくなるかもしれないという恐怖に、我慢できなかったのだろう。子供のように泣きじゃくる美保の背を優しくさすることしか、薫にはできなかった。彼女が薄っぺらい慰めの言葉など必要としていないのは目に見えている。
「傍で支えることもできないのは、お辛いでしょう。ですが、蟹山さんのことは私達にお任せください。今の蟹山さんを支えられるのは、医療機関だけです」
厳しくも現実的な言葉を言い渡すことだけが、薫にできることだった。
摂食中枢機能低下症の患者は、膨れ上がる飢餓感に耐えかねて普通ではない行動に出る場合もある。専門医の薫でなければ対処できないような事態になることだって、あり得るのだ。
彼女とて、蟹山の異常な食欲は何度か見てきたはずだ。渋々といった様子であれど、美保には首を縦に振らせなくてはいけない。
「・・・・・・夫のこと、お願いします」
かすれた声で肩を震わせる彼女は、両手に顔を埋めていた。やりきれない思いは拭えないが、仕方ない。薫は大きくうなずいた。
「もちろんです」
そう返答すると、美保は涙の残る顔にわずかに微小を浮かべた。そして、細い声で続けた。
「ありがとうございます。では、あとひとつだけお願いが──」
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