症状の進行

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症状の進行

 蟹山に明確な異変が起きたのは、彼が通院治療を初めて8日目──つまり発症してから10日目のことだった。  発症から時間が経つにつれ、症状はどんどん重くなっていく。ついに、通院することもできなくなったのだろう。  薫は、事前に聞いていた蟹山の住所へ足を運ぶことにした。腕時計に目をやると、本来蟹山が病院に到着するべき時間よりも、30分以上遅れている。既に電話は何度かかけていたが、当然のように誰も出ず、こちら側から赴くしかない状況だった。 「楠木、行くのは俺とお前だけでいいのか?もう何人か、増員が必要だと思うけど」 「今までのデータをもとに考えると、発症から10日目っていうのはまだ大丈夫なラインなの。本当にギリギリとはいえ、屈強な男性を数名連れてかなきゃいけないほど、暴れたりすることはないと思うわ」  タクシーの後部座席に乗り込みながら、薫は、先に乗った充希に、少しつめるよう手で示した。  いざというときに患者を抑えるための男手でないといっても、充希はやたらと肩幅が広い。こういった狭い車内では、少々邪魔だ。  ばたんとドアが閉まると同時に、薫は運転手へ行き先を伝える。  蟹山が住むマンションの住所を言うと、後頭部の禿げ上がった運転手は気怠げに返事をし、そして車体は滑らかに動き出したのだった。  夕暮れの町並みが、どんどん背後へ流れていく。誰もが、我が家へと向かう足をせかせかと動かしていた。行き先は違えど、急く気持ちは自分も同じだ。しかしそれは、彼らの大半とは違うけれど。 「・・・・・・だとしても、蟹山さんはとっくに安全なラインを超えてると思うぞ。最初の診察のとき、他の患者よりも大人しかったからって安心してるだろ。摂食中枢機能低下症の患者が、いつまでも正気を保ってると思うなよ」  充希の忠告に、思わず薫はどきりとした。
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