症状の進行

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 初診のときの彼の様子が他の患者と比べて一段と落ち着いていたことも、妻のためにも、絶対に入院しないという強固な意思を見せるほどに理性が働いていたことも、蟹山への絶対的な信頼度を高めていたのだ。  こんな病気に、彼は負けないだろう。そんな、どこか楽観的な気持ちが、心の奥底にあったからかもしれない。だから、最悪の事態を予想していなかったし、だから増援も呼ばなかった。 「うちの病院じゃ数少ない、摂食中枢機能低下症のプロがこのザマとはな。医学部で何を学んできたんだ?俺らが学生だった頃には、もう摂食中枢機能低下症のことは講義でも取り扱われてただろ。その症状がどれだけ大変か、患者の扱いどれほど注意しなきゃなんないか、教わったじゃねえか」  ねちねちと言われ続けるが、充希の言葉が間違っているとは思わなかった。むしろ、それは合っている。  人間の3大欲求のうちのひとつが、永遠に増え続ける。それがどれほど恐ろしく、同時に辛いことか、しっかり叩き込まれたはずだというのに。 「とにかく、出発しちまったもんは仕方ねえ。俺が電話で誰か呼んどくから、助っ人には後で来てもらおう」 「ごめん・・・・・・甘く見てた」 「本来なら、病院に来ないからってこうして様子見に行ってる時点で、何かおかしいって事なんだからな。ったく、俺がいて良かったと思いなよ。女ひとりで男の患者引きずってくのは、結構きついぜ」  口を酸っぱくしながらスマホを取り出し、充希は病院に電話をする。今の状況を伝え、遅くてもいいから応援として男手が必要だ、ということをてきぱきと伝えていた。  自分だけ、何もしない訳にはいかない。そんな焦りにも似た衝動に突き動かされ、薫は少ない荷物を漁った。  摂食中枢機能低下症について詳しく書かれた参考書を数冊、取り出す。既に頭に入っている情報ではあるが、もう一度復習しておくのも悪くないだろう。  特に、今回のように患者の家に直接行くのは久しぶりだ。何度もやっているとはいえ、繰り返し確認しておくに越したことはない。 「お2人さん方、着きましたよ」  ・・・・・・・参考書を開いた瞬間、運転手が到着を告げた。
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