4人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
蟹山という患者
楠木 薫はカルテに目を通しながら、眼の前の椅子に座る患者を見ていた。
眼の前で、おにぎりの袋を2つと中身が下側によったコンビニ弁当4種類、開封済みのポテチの大袋と個包装のチューイングガムを抱え込みながら、もうとにかく必死になって食べ物を口に詰め込んでいる男。
彼こそが、薫の担当する患者、蟹山であった。
「それでですね、蟹山さん・・・・・・すみませんが、診察中に醤油せんべいを食べるのはやめていただいてもいいですか。左手に抱えてらっしゃる梅干しのおにぎりとか召し上がってほしいんですけども」
「ああふみまふぇん、薫先生。やっぱり静かに、ふぁえたほうらいいれふよね」
「そうですね、大事なことですのでお静かにお願いします」
醤油せんべいを噛み砕きながら「すみません」と謝り、すぐさまおにぎりの袋を開けてくれるあたり、良い人だ。
梅干しおにぎりをがっつきながら、静かにした方がいいですよねと反省しているのも、好感がもてる。
診察中にも関わらず、大量の食べ物を持ち込み、食べていることはさして問題ではない。
ちゃんと言うことを聞いてくれるのが大事なのだ。特に彼と同じ症状の患者は、食べることに夢中になりすぎ、医師である薫の話など聞かない人も多い。
「食べながらでいいので聞いてくださいね。診断など受けずともご存知でしょうが、蟹山さんは、摂食中枢機能低下症です──いえ、医者でない人には、ビゲーターと言ったほうが伝わるでしょうか」
「なぅほろ、ほうれふか!」
おにぎりの袋をもうひとつ開封しながら、蟹山は返事をした。
なるほど、そうですか。その言葉には、たいして何の感情もこもっていない。薫が今言ったとおり、自身が何の病気なのか、診断を受けずとも蟹山は理解しているはずだ。
彼の症状は、ビゲーターという俗称で人々に認識されている。
脳の一部に異変が起こることで発症する病気だ。この病については不明なことが多いため、詳細はわからないが、それだけは確実だ。
症状は至って簡単だ。飢餓感が増し、食べても食べても満腹感を感じない。
そう、感じるのは空腹感ではなく、異様なまでの飢餓感なのである。
最初のコメントを投稿しよう!