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その後、マスターは意気消沈しながらも店を開いた。
常連客達から心配の声が上がるほど元気がない。ついに、お花やお菓子など差し入れが渡されるようになった。そのお客の温かさに(このままでは駄目だな。この人たちのために頑張らないと。若人のために店を続けないと)そう思いなおし、いつものマスターに戻っていった。
しかし、その元気も12年も続かないのは分かっていた。
常連客の温かさブーストも一ヶ月も持たず、逆に張り切りすぎたせいで疲れがどっと溢れた感じがした。
(やっぱり私だけで店を続けることはできない。さて、どうしたものか)
オーダーが来ない合間に雑誌を捲っていると、ある言葉が飛び込んできた。それはクラウドファンディング。
マスターは「これだ!」と膝を打ち、その日の夜にクラウドファンディングに登録をした。
募集理由は店を存続させるため。返礼品にマスターオリジナルブレンド豆を贈呈。
(M&Aのこともある。あまり期待できないだろうな)とマスターは高まる期待を押さえるようにそう思った。
数日後、クラウドファンディングは予想に反してすぐに目標金額を達成した。
マスターが喜んだのも束の間、店の切り盛りに加え、返礼品の準備・発送の仕事が増えてしまった。
そして、返礼品の準備の最中、マスターは気づいてしまった。
(お金があっても仕方がないじゃないか。必要なのは後継者だ)
そんな落胆もありながら、毎日変わらず店を開き、返礼品の準備をし、店の継続方法に頭を悩ましていた。
そんなある日、トチさんが内緒話をするようにカウンター席から身を乗り出してきた。
「マスター、聞いたよ。お金に困ってるんだって?」
「いえ?そんなことは……」
「いいから、いいから。なんでもネットでお金集めしてるって聞いたよ。店を続けるためにって。言ってよ。水臭いな。僕とマスターのなかじゃないか」
「いや、それは違って……」
「いいから、いいから。ここは僕が一肌脱ぐよ」
ここでマスターは、重大なことを思い出した。このトチさんは、名前などにトチが入っているから、そう呼ばれているわけじゃない。トチさんのトチは早とちりのトチだった。1を聞いて10を勘違いする。だから、この店の注意人物に指定されていたのに。
トチさんが続けた言葉に、マスターは絶望した。
「メガさんに伝えたから。普段は噂好きのいけ好かないババアだけど、こういうときは役に立つだろ」
メガさんは、声が大きく、噂好きで、しかも、その噂をバラまくのを生きがいにしているような人だった。メガフォンのメガ。彼女に機密情報を渡したら最後、次の日には隣町まで知れ渡ってします。町内放送顔負けの拡散力を持っていた。
マスターは店を見渡す。いつもよりも客が多い。いや、多すぎる。開店から休む時間もない。今だって外で待っているお客がいる。
トチさんを見ると、(俺、すごいでしょ)と不慣れなウインクをした。
それから何日も休む暇もない忙しさが続いた。家に帰ると気を失うように眠り、疲れが取れないまま店を開店する。
(無理だ。体力が持たない)
フラフラになりながらも、気力だけで働いていたマスターにも限界が来た。
店の営業中に倒れてしまった。
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