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2.まるで警戒色
「そこの黒ずくめのボブちゃん!」
よく通る声が廊下に響く。
人違いであることを願いつつ振り向くと、アクリル絵の具をぶちまけたようなカラフルなパーカーが目に飛び込んだ。
お飾りの為だけに傷つけられたジーンズスカートを合わせている。
恐る恐る視線を顔に移すと、パッチリと透き通った瞳と、それを強調するように真っ赤なパッツン前髪に度肝を抜かれる。
「あなた、同中だよね? 柚ちゃんだっけ?」
「え、北第三だったけど……」
柔らかい笑みでいきなり話しかけられ、反射的に答えてしまったことを後悔した。
しまった、中学の同級生だった?
「やっぱり? 私、宇佐美真凛! 久しぶり!」
は?
“久しぶり?“
私がついこの前までもがいていた深淵を、なんて軽々しい言葉でまとめてくれるのだろう……
いや、相手のことを考えられるなら、初めからあんなことしてないか……
中1の夏休み前、私の様子を見に来た先生が、言い訳がましく弁解してたっけ。
「無視の件だがな……誰からともなく、らしくてな。
皆そうしてるから、なんとなく避けてしまったんだと。
ノリというか、その場の空気というか……。
一部はからかい半分だったかもしれんが……。
そういうのって、あるだろ?
ま、母子家庭の珍しさもあったかもしれんし……。
とにかく、今はみんな反省してるから、な?」
なんとなく…… ノリで…… からかい半分で……
そうだよね、皆にとっては私の苦労なんてあってないようなものだったんだよね。
だから、アリスの不思議の国の冒険譚を夢だと笑い飛ばしたアリスの姉のように、何の気もなしに「久しぶり」なんて言えるんだ。
「私にとっては全然久しぶりじゃない。あんたなんて知らないし、今後つるむ気もないから!」
冷静に言ったつもりが、声に棘が出てしまった。
落ち着いて、乱されないで。
思った以上に効果があったのか、旧友を名乗る女の眉と口角が一瞬下がる。
「そっか、ちゃんと知り合ってもないのに、久しぶりも何もないよね……」
だが次の瞬間、女はニカッと大口を開く。
「じゃ、明日セーラー着てきて!」
「セーラーって……中学の?」
「そう! 中学に戻って出会い直そう!」
「はァ? ッバカじゃない? や、るわけないじゃん!」
あまりにぶっ飛んだ提案に、声が裏返ってしまった。
私の動揺など気にも留めず、彼女は「待ってるからね!」と手を振り、颯爽と自分のクラスに駆けていった。
幸いクラスは離れているようだ。
あれだけド派手な格好なら、遠目から回避できるだろう。
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