あのタクシーに乗ろう!episode②(VSクソ客)

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【深夜0時55分】 真田が今日事務所に戻ってきたのは一体何度目になるだろうか。 事務所のタクシー置き場でシーツを交換して、後部座席の足元を雑巾がけして綺麗に掃除する。 やっと掃除が終わり時計を見ると深夜1時前になっていた。 真田は今日の厄日とも言えるツイてない流れと、業務終了時間も近いので今日はもうサボってこのまま事務所に居ようかと考えた所で、また乗務員から無線の呼び出しが鳴る。 鳴らしているのは年齢は30歳そこそこになり髪の毛を茶色に染めたチャラ男の印象がある西村という男だ。 「どうした?」 疲れ果てている真田は無線で雑な応対をする。 西村は「班長!実は今D町にいるんですが2台口の仕事があるのですぐに来て下さい!行き先は長距離確定ですよ!」 2台口というのは客が2台のタクシーを必要としている状況を差す。 同じ行き先へ向かう5人以上のグループが1台のタクシーでは定員外乗車となるため2台のタクシーを必要としている場合もあれば、行き先の違う2人の乗客が1台ずつタクシーを必要としている場合もある。3台口4台口として使われる場合もある。 真田は仮に送り先が長距離であろうがこんな日はまたクソ客を乗せられる流れになりそうだと思い断ろうかとも考えたが、 「じゃあどこに行けばいいんだよ?」 取り敢えず行ってみる事にした。 栄行事務所から飲み屋も多い歓楽街のD町まで車で15分ほど。 言われた場所に到着するとそこはガールズバーのような店だ。ネオンがチカチカとしている。 その店の前に栄行タクシーの車両が先に1台ハザードランプを点滅させて停まっていた。西村の車だ。 真田が到着したのを見ると西村が車から降りてこっちへ来る。 「お疲れ様です!班長!」 真田はめんどくさそうに運転席に乗ったままで「おー」とだけ応える。 西村が買っていた缶コーヒーを手渡してくる。 「実は班長、この店に前々から狙ってる子が働いてるんですが、家に帰る時にはLINEに連絡貰ってよくここから家まで送迎していたんですよ」 と告白してくる。 「マジかよ……。お前もよくやるな」そう言うと真田は貰ったコーヒーをぐーーっと飲み込む。 「で、今日はその子ともう1人、他の従業員もタクシーで帰るとの事らしいので班長を呼んだんですよ」 そう言いながら西村は手で自分の髪型を直す。 そして、「すみません班長!実は長距離確定というのは嘘なんです!」と頭を下げて謝る。 「(嘘なのかよ!)」真田は口には出さずに西村の次の言葉を待つ。 「どうしても班長に来て欲しくて!他社の車もこの辺りにはウロウロしてるけど、他のタクシーに1人でも乗られるとこれからもずっとそっちに2人共取られそうで…」 ……………。 まぁ分かるような、分からないような。30歳も過ぎて青春してるじゃないかと思ったが真田はそれは口に出さずに、 「じゃあ俺はどうしたらいいんだよ?」と聞いた。 「僕はいつもの狙ってる女の子を乗せますので班長はもう1人の従業員の子を乗せて下さい」と手を合わせ頼んでくる。 「分かった」真田はめんどくさそうに承諾する。 そして西村は、「僕は彼女を送る途中どこかで遊ぶかご飯でも食べて帰るので、もしかすると帰庫(1日の業務が終わりタクシー車両をタクシー置き場へ戻してその日の営業日報を付ける)が少し遅れるかも知れませんがすみません」と照れ臭そうに言ってくる。 「分かった分かった」真田は更にめんどくさそうに承諾した。 そして2人の打ち合わせが終わるとそれを見計らったかのように店から2人の従業員が出てきた。 「来ました!」 西村が慌てて女の子の方へ向かう。 西村が話し掛けて自分の車に乗せた女の子はガールズバーで働く印象があるような派手目な女の子ではなく、素朴で優しそうな印象の女の子だった。 真田は自分が乗せるもう1人の従業員の方へ目をやる。 「よろしくお願いいたします」 謙虚に乗り込んで来たのは無精ひげを生やしたゴツイ男だった。 「(従業員ってもう1人は男だったのかよ!)」 真田は心の中でそう叫んだがそれはなるべく表面には出さずクールに車内へ迎え入れた。
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