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【20時40分】
中小企業の社長を送り届けたA市からやっと走り慣れたT市まで戻りT市D町の幹線道路を走らせる真田。
「ったく。4人が全員デブってどういう事なんだよ!」まだブツブツ言いながら走る。
するとD町の繁華街のよく目立つ居酒屋の前で、一組のカップルが手をブンブンと上げてタクシーを呼び止めているのが分かった。
真田はカップルに近付き「いらっしゃいませ~!」と調子良く後部座席のドアを開いた。
タクシーを呼び止めた男は90年代に流行ったトルサルディーのズボンを履いており、身長は低く顔の顎は長い。
隣にいる女はブクブクと太っている。
「おう!ご苦労!ご苦労!ウハハハハー!!」と大きな声で高笑いしながら車に乗ろうとする。
2人とも相当酒に酔っている感じだ。
「うっ!しまった」
真田は思った。
酒を飲んでいる客は
①最初にどこへ行けばいいのか行き先がちゃんと伝えられない
②運転手にグダグダと長い文句を言う
③寝ると目的地に着いても起きない
④車内で嘔吐する
このいずれか、もしくは全てに該当する可能性が高いためクソ客率は相当高い。
ぶっちゃけ酒を飲んだ泥酔状態の客は酔っ払ってるだけに遠距離に行く場合もあるが、長い距離を走るという事はそれだけ長い時間を乗せるという事になり、それは眠られたり嘔吐されるなど上記に挙げたリスクが高まるという事になる。
その事をよく分かっている真田はもう諦めかけた声で、
「………………。じゃあ、どこまで行きますか?お客さん」開き直って前を向いたまはまぶっきらぼうに聞いた。
「お前の希望としてはどこまで行って欲しい?まぁそんな所行くわけないが。ハハハハハ!!」
その返答を聞いて、酔っていようがクソ客ではない事を祈っていた真田の願いは完全に消えていた。
「え~~~っと、お客様……」真田は困惑とめんどくささが入り交じった対応をする。
すると隣にいる太った女が「ねぇホテルに行こうよ」と、背の低い男を誘った。
真田は、「(それならそうとどのホテルに行くのか最初から行き先を決めてから乗って来いよ!この、バカップルが!)」と心の中で叫んで頭を掻きながら行き先が告げられるのを待つ。
「じゃあ、エリザベスに行ってくれ!」
安いラブホテルの名前が告げられる。
「へいへい」と、真田はタクシーメーターを入れて発進させる。
若干の距離があるホテルへ向かう途中、男は車内でタバコは吸うわ、女はお菓子をボリボリ食うわに加え、
最終的に男は後部座席から足を高く上げ、運転席で運転中の真田の頭の上に足を乗せだしやりたい放題の殿様状態となっていた。
「ちょっと……いい加減にして下さいよお客さん!」真田が振り返り声を出す。
「いいじゃねえかこのくらい!黙って走れ!この!馬車が!!ハハハハハ!」
「言う通り走らないと魔法であんたをカボチャに変えるわよ!アハハハハ!」
女も続き2人の悪ノリは最高潮に達していた。
もう我慢ならんと思った真田は、
急に声色を変えて畏まった口調で「えー、恐れ入りますがお客様、お声掛けさせて頂いてよろしいでしょうか?」と話し掛ける。
背の低い男は「何だ?言ってみろ!!ガハハハハ!!」と応える。
「栄行タクシーのサービスの一環として、お客様に快適な車内空間を提供させて頂いて宜しいでしょうか?」
そう言ってラジオのボリュームをやや上げて心が安らぐクラシック音楽に変えると、車をまるで揺りかごに乗せるような速度でゆっくりと走らせた。
「なんだ!なんだ!気取った曲かけやがって!ハハハハハ!」
そう言ったカップルは3分後にはぐっすりと眠っていた。
それを見てニヤリと目を光らせた真田は暫く車を走らせた後で、「着きましたよ、お客さん!」と声を掛けカップルを起こす。
寝ぼけた顔で起きた男は、「ん?このホテル何か少し雰囲気が変わってないか?」
「気のせいです、酔いすぎですよ、お客さん」と言いながらタクシーの支払いをさせた。
そしてカップルをそのまま目の前にあるホテルに押し込めるように連れて行くと、逃げるように車のアクセルを踏んでその場を離れた。
今連れて行ったホテルは2人一泊20万円の県内有数の最高級ホテルだったのである。
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