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【23時30分】
真田はその後最後に乗客を降ろしたI町からまた駅に戻る為に幹線道路を走り信号待ちで停車していた。
すると信号先にある街灯から子分寿司という寿司屋の看板が見え、その店の前から真田の車に向けて手を上げている茶色のスーツを着た男の姿がある。
信号が青に変わると真田は寿司屋の前に車を停めると、男が乗りやすいよう隣に停車させてドアを開ける。
客の姿は茶色のスーツを着ており年齢は60代辺りかフラフラした足取りで無言のままドアに近付いて来ると、強烈な酒の匂いを出していた。
その姿を見て真田の頭の中でクソ客センサーが反応した。
そのままドアを閉めて乗せずに逃げる事も考えたが、しかし既にドアに近付かれ過ぎていたので逃げる事は出来ず観念して乗せるしかなかった。
「じゃ…、じゃあお客さん、どこへ行きますか?」警戒しながら尋ねる。
「N山台の方へ行ってくれ」
客は酒で弱りきり何とか聞き取れるギリギリの声の大きさでそう言いながらフカフカの座席に入ると、もう自分の家に着いたような幸せな顔をして一瞬でグッタリとなった。
「これは絶対嫌な予感がする……」
真田は直感した。
幹線道路を走りN山台へ向かうためI町からY町に入った。
運転しながら真田は、客が寝ていないか?嘔吐していないか?と気が気ではない。
寝ないように時々わざとらしく話し掛ける。その度に客はめんどくさそうに「あー!」と、返事だけはする。
しかしY町からT駅のあるS町に入った辺りで、真田の健闘むなしく後ろの座席からは客の方からゲロゲロと聞きたくない音が聞こえてきた。
「あぁぁぁーー!やっぱりダメだったか………」
真田は絶望の顔をする。
逆に客は嘔吐した事によって少し元気を取り戻した。
「なんだぁ~お前は?文句があるのかぁ~?」
「そりゃあるに決まってるじゃないですか、こんなに車を汚して……」真田はヨロヨロと車を路肩に停めると運転席から降りて、後部座席を覗き混み今一度状況を確認した。
「ああああやっぱり戻されてる…」真田はがっくりと膝を付いてその場に崩れ落ちた。
その姿を見た茶色のスーツの乗客も車から降り、「いいからとっとと行け!N山台へ!行かんか!」と崩れ落ちている真田を見下ろし指示を出してくる。
真田は何とか立ち上がると、「そんな言い方はないでしょう貴方は。どうすんだよ、これ!」と反撃に出る。
そして謝らない客の姿を見ると、
「もういい、あんたは。ここで降りてくれ!」
と言い放つと顔を横に向けて腕を組んだ後で、
「今日は一体何人のクソ客乗せてると思ってんだよ、こっちはよ」とブツブツ独り言のように言う。
客も負けじと
「何だとお前!クソ客とは何だ!失礼だろう!」と言った後ですぐさま「乗車拒否するのか!?お前が降りろ!!」
と言い返してくる。
「お前が降りろって、これは俺の車でしょうに!」
2人のオッサンが道端でグダグダと喧嘩をする。
「とにかくもう降りてくれ!このタクシーはもう閉店しましたから!」
そう言って客を車から無理やり引き離すと、真田は汚れたシーツを取り替えに事務所へ戻って行った。
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