(一)

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 それはウソ。大樹が家路についたのは本当だった。でも私は家路につかなかった。なぜなら、私は、大樹の跡をつけたからだ。  帰宅ラッシュの満員電車の中で、私は大樹から少し離れた所に立っていた。彼をジロジロ観察していたわけではない。彼がどこの駅で降りるかは知っている。だから彼に見つからないようにして同じ方向に向かう。  横に流れる車窓からは、一軒家やマンション、アパートなどの灯りが夜のとばりの中で輝いて見えた。カーテン越しから漏れる光の中には誰かは知らない人たちがくつろいでいるのだろう。幸せと安心の暮らしがそこにある。大樹もそのうちの一つに戻るのだ。妻と子どもの待つ、マイホームに。 (続く)
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