3.やがて終末は魚たちのもとへ。

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3.やがて終末は魚たちのもとへ。

「いただきます」 妻は会話をやめて、ぱくりとタイ焼きにかぶりつく。 「いまだに、君はしっぽからなんだね」 僕は頭の方から頬張った。 もぐもぐと、タイ焼きを堪能する。まだ、温かい。 「変わらないね」 「うん。この味だよ。やっぱり美味しいや」 僕はそう言って、お茶を淹れるために立ち上がった。学生のときはコーラばかりだったけれど、今は緑茶が恋しいんだ。 妻は無言でタイ焼きを食べ続けている。沈黙。それが心地良かった。 リビングに漂うのは、水槽のエアーポンプから聞こえるブクブクという音だけだ。 「ねえ、あの子たちさあ、自分の身に起こること、なーんにも知らずにごはん食べてるのよねー。いつもと変わらず」 僕がお茶をのせたトレーをテーブルに置くと、妻が言った。 「そうだね。まあ、僕たちも似たような感じだけど」 僕はイスに座り直す。 「そう? 私たちは、前もって情報を知ってるじゃない」 「そうはいってもさ、最期のときに、何が起こってどうなるかなんてわからないし」 「まあ、そうね」 妻がうなずく。 「夜ごはん、どうする? 簡単なものなら作るけど」 僕は暗い雰囲気にならないようにと、話題を変えた。 「うーん。あ、せっかくなら、冷蔵庫のなかのもの、一緒に全部使い切りましょうよ。なんでもありの料理をするの。どう?」 妻がいらずらっこのように笑う。 大学時代の面影がちらつく。思えば、久しぶりに見た笑顔だった。 「それはいいね」 僕は答えながら、ふと、胸のなかに懐かしさと温かさがこみあげてくるのを感じた。 ありきたりな言葉であらわすなら、これが幸せなのかもしれない。 すっかり、忘れていたけれど。 「決まりね! すぐにでもとりかかりましょう。なんてったって時間がないんだから」 妻が冗談じみた口調で言った。 「その通りだ」 どうか、彼女もおなじ気持ちでいてくれますように、とひっそり願う。 終末まであと少し。 僕は最期の瞬間まで、かつてはありふれた、小さくも愛おしい時を過ごそうと思う。 そこにいる金魚たちみたいに。
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