23人が本棚に入れています
本棚に追加
1.どこまでも静かな土曜日の朝に。
どうやら、世界が終わるらしい。
そんなニュースが世間を騒がせてから、半年あまり。
ついにその日がきたというのに、町はいつもと変わらない。
空には雲一つない、いたって普通の土曜日だ。
どういうつもりなのか、配達員はポストに朝刊を届け、隣の鈴木さんは鉢植えに水をやっていた。
しいて変化を挙げるなら、数ヶ月前まではチラシでぎっちり膨らんでいた新聞紙が、ほっそりとしたことだろうか。
なるほど、これは妙に現実を知らしめてくる。
タイムリミットは今夜九時。残されているのは、十一時間あまり。
結婚して十年になる妻は、いつものようになにもいわずに外出したばかり。
めっきり少なくなった会話から知ったことは、最近、中学校時代の友人とよく顔を合わせているということだ。
ひょっとして、浮気だろうか?
ここにきて、疑いもしなかった考えがよぎった。
まあ、今となっては、どちらでもいいことか。
僕は、ソファから立ち上がり、水槽の前へと移動した。
「君たちも、気の毒だったね」
このタイミングに生きていたばっかりに、抗いようのない大きな流れに生を閉ざされてしまう。
慈しみが伝わったのか、四匹の金魚がガラスの傍によってきた。
自慢じゃないが、彼らは僕に懐いている。こちらをじっと見てきたり、エサの時間じゃなくても、近づいてきたりする。
可愛いものだ。
思えば、金魚たちとの付き合いも、もう、十一年になる。飼ってから知ったことだが、わりと長生きなのだ。
彼らとは、妻がまだ恋人だった頃に近所の夏祭りで出会った。
今より体が一回り小さかったときは、僕が水槽に近づいても知らんぷりしていたっけ。
ところが、年数を重ねるうちに、どんどん信頼関係が生まれていった。少なくとも僕はそう思っている。
「でもなあ」
それも全部、意味のないこと。
ふいに虚無感を覚え、テレビをつけた。
電源はオン。真っ黒な画面。ぼやけた僕の輪郭が映っている。
ぽちぽちと義務的にチャンネルを操作すると、ひとつだけニュースを報道している番組があった。
いやというほど聞いた単語が、繰り返されている。
地球、隕石、壊滅的、避けようがない、それから今日の日付。
「いっそのこと」
町がパニックとなり、ぎゃあぎゃあ騒がしければよかったのに。
そうすれば、わけもわからないまま終末を迎えられたはずだ。
少しの希望を持ち、窓を開けると、秋の風がひゅるると入り込んでくる。
僕の期待を裏切るように、街はどこまでも静かだった。
最初のコメントを投稿しよう!