1.どこまでも静かな土曜日の朝に。

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1.どこまでも静かな土曜日の朝に。

どうやら、世界が終わるらしい。 そんなニュースが世間を騒がせてから、半年あまり。 ついにその日がきたというのに、町はいつもと変わらない。 空には雲一つない、いたって普通の土曜日だ。 どういうつもりなのか、配達員はポストに朝刊(ちょうかん)を届け、隣の鈴木さんは鉢植えに水をやっていた。 しいて変化を挙げるなら、数ヶ月前まではチラシでぎっちり膨らんでいた新聞紙が、ほっそりとしたことだろうか。 なるほど、これは妙に現実を知らしめてくる。 タイムリミットは今夜九時。残されているのは、十一時間あまり。 結婚して十年になる妻は、いつものようになにもいわずに外出したばかり。 めっきり少なくなった会話から知ったことは、最近、中学校時代の友人とよく顔を合わせているということだ。 ひょっとして、浮気だろうか? ここにきて、疑いもしなかった考えがよぎった。 まあ、今となっては、どちらでもいいことか。 僕は、ソファから立ち上がり、水槽(すいそう)の前へと移動した。 「君たちも、気の毒だったね」 このタイミングに生きていたばっかりに、抗いようのない大きな流れに生を閉ざされてしまう。 (いつく)しみが伝わったのか、四匹の金魚がガラスの傍によってきた。 自慢じゃないが、彼らは僕に懐いている。こちらをじっと見てきたり、エサの時間じゃなくても、近づいてきたりする。 可愛いものだ。 思えば、金魚たちとの付き合いも、もう、十一年になる。飼ってから知ったことだが、わりと長生きなのだ。 彼らとは、妻がまだ恋人だった頃に近所の夏祭りで出会った。 今より体が一回り小さかったときは、僕が水槽に近づいても知らんぷりしていたっけ。 ところが、年数を重ねるうちに、どんどん信頼関係が生まれていった。少なくとも僕はそう思っている。 「でもなあ」 それも全部、意味のないこと。 ふいに虚無感(きょむかん)を覚え、テレビをつけた。 電源はオン。真っ黒な画面。ぼやけた僕の輪郭(りんかく)が映っている。 ぽちぽちと義務的にチャンネルを操作すると、ひとつだけニュースを報道している番組があった。 いやというほど聞いた単語が、繰り返されている。 地球、隕石、壊滅的、避けようがない、それから今日の日付。 「いっそのこと」 町がパニックとなり、ぎゃあぎゃあ騒がしければよかったのに。 そうすれば、わけもわからないまま終末を迎えられたはずだ。 少しの希望を持ち、窓を開けると、秋の風がひゅるると入り込んでくる。 僕の期待を裏切るように、街はどこまでも静かだった。
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