第2章 Part2【ツークツワンク −寄り道、名もなき街−】

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第2章 Part2【ツークツワンク −寄り道、名もなき街−】

 一晩お世話になった農家の老夫婦と別れ、私とジャンヌは装い新たに、北へと畑道を歩み出したのだけど…… 「例の画家が住んでいるのは、《エジョブマ》という街の《セル・ロック城》だそうだが……」 「ねぇジャンヌ〜、本気で歩くつもり〜? 休まず歩いたとしても、ここから何日かかるかわからないんでしょ〜? 今すぐにでも引き返して、あのご夫婦から馬を返してもらった方がいいんじゃないの〜?」 「我々が追われている身だということを、もう忘れたのか? そのために足がつかぬよう馬を手放し、こうして男装までしているんだろ」 「それはわかってるわよ! その上で、徒歩だなんて非効率だって言ってるの! せめて馬車! 馬車に乗りましょう!」 「じゃあ馬車に乗る金を持っているのか?」 「……馬車ってお金が要るの?」 「当たり前だろ。何言ってんだ」  ……と、まぁこんな感じで前途多難だし、ジャンヌはやけに落ち着いているしで、正直不安しかないのよね。  果たしてこんな調子で本当にフランスなんて戻れるのかしら? というか、そもそも私は残してきた我が子たちが心配なだけで、個人的にはフランスなんてもう二度と戻りたくないのに…… 「とりあえず、ここから近い街まで歩いて行くぞ。そこで休息を取りつつ、少しでも金と情報を集めて、それから馬車で《エジョブマ》とやらを目指せばいい」 「結局それしかないのね……だったらせめて、私が疲れたらおぶってくださらない? アナタ、私より力あるんだから」 「自らお荷物になる気か? それなら畑の肥やしにした方がまだマシだ」 「何よっ、貴族のジョークじゃない!」 「ならば、もっと笑える状況で言ってくれ……」        ● ● ● 「ふぅ……どうにか陽が落ちる前に来れたな、マリー」 「ねぇジャンヌ……私、足付いてる……?」 「ちゃんと付いてるから安心しろ。というか、まだ半日も歩いてないだろ」  あれから幾度となく休憩を挟み、空がわずかに赤らみ始めた頃。果てしなく思えた畑道も終わり、私たちはようやく街と呼べる場所の入口にたどり着いた。  ただ街と言っても、私が最初に目を覚ました《シラプ》やジャンヌと出逢った《ヌアール》に比べれば、だいぶ小規模な感じね。それに所々、建物の屋根や外壁が崩れているし……もしかしてこれも戦争の影響? 「すまない、ここは何ていう街だ?」  極度の安堵と疲労で膝から崩れ落ちた私をよそに、早速通りがかった男に尋ねているジャンヌ。今はそのたくましさが羨ましいわ。  まぁ名前をお尋ねしたところで、どうせ私たちの知らない街でしょうけど―― 「何だいアンタら、よそ者か? この街に」  ――私たちが知らないどころか、知りようもない街でしたわね。 「街に名前がない……?」 「この国は今、戦争中だろ? だからこの街に住んでるみんなは、敵に狙われたくないんだよ」 「なるほど、名のある街から狙われやすいから、その逆を……いわば自衛手段か」  ぶっきらぼうな口調で教えてくれた男に対し、(あご)に指を当てて納得してみせるジャンヌ。  一方で、そんな二人の会話に交れず、呼吸を整えながら話に耳を傾けるのが精一杯な私…… 「だとしたら、その手に持っている瓦は何だ? よく見れば、いくつか家屋が崩れているようだが、まさかこの街も戦火に巻き込まれたのか?」 「いいや、これは台風による影響だ。ウチみたいに小さな街は、台風一つでこのザマよ。それで俺たち街中の男が、総出で修理に当たってんだ」  なるほど、それで先ほどから多くの住人らしき人たちが、何やら資材を手に忙しなく行き来してるってわけね。  ということは? 今まさに復興途中で大変な街に、私たちみたいなよそ者を泊まらせてくれる余裕なんてないんじゃないの? 「もういいか? 見てのとおり、こちとら忙しいんだよ」 「ああ、すまない……あっ、待ってくれ! もしよければアタシ――いや、僕にも何か手伝わせてもらえないか?」 「アンタに? ……見た感じ、女みたいに華奢だが?」 「これでも村育ちで、力仕事には自信がある。少なくとも隣で膝ついてる奴と違ってな」  と、わざわざ私をお荷物みたいに指差してきたことはさておき。ここでより一層男性らしく振る舞いを正したジャンヌが、自ら手助けを願い出た。  これを受けた男は顔から足、足から顔と、訝しげな目でジャンヌを見ているけど…… 「確かに今はとにかく猫の手も借りたいところだけどよ……でも、来たばっかのよそ者が無条件に手伝うってことはねぇだろ?」 「……恥ずかしい話だが、そのとおりだ。我々は旅をしているのだが、あいにく金も食料も尽きてしまって、それでここへ……」 「なるほどなぁ。まぁそういうことなら、とりあえず町長に口利いてやるよ。ついてきな」 「ありがとう、助かる」  私を抜きに、二人だけでとんとん拍子に話が進んじゃってるけども。とりあえずジャンヌの巧みな交渉術のおかげで、今夜は何とかなりそうね。  逆に私は、未だ役に立てそうにはない……というより、まず自力で地面に立てそうにもないのだけど。 「おい、行くぞマリー」 「マリー? そっちのはまた、ずいぶん女みたいな名前だな」 「あっ、いや……『マリウス』だから、マリーと呼んでるだけで……なぁ、マリウス?」 「えっ? あっ、うん……でも、ちょっと待って。立ち上がるのに、もう少し時間をくださら……くれないか?」 「ったく、もういい。アタシ……僕だけで行くから、お前は休んでろ」        ● ● ●  というわけで、お荷物は置き去りになりましたとさ。めでたしめでたし。  さて、ジャンヌが仕事から戻ってくるまで、私は広場でのんびりさせてもらいましょうかしらね〜。と言っても、全く何もしないのもジャンヌに申し訳わけないし、せめてこの街のことをもう少し詳しく知りたいのだけど……  しかし見渡してみたら、あらためて酷い有様ね。台風一つでここまで街が被害を被るなんて、下手したら戦争の比じゃないわ。  さっきの男は『戦争に巻き込まれないために、街には名前がない』と言っていたけど、街を襲う被害は何も戦争だけじゃない。自然災害だってある。  それに自然災害は、人が起こす戦争と違って予想し難いし、次いつ襲われるかもわからないし……そう思うと私なんか、この先一生ここで家族と共に暮らしていこうだなんて、到底思えないけどね。  だけど、それがわかっていてもなおこの街の人たちは、めげずに街を立て直しながら暮らしている。  つまりそれだけ、皆が皆この街に愛着があるのか、あるいは他に行く所がないだけか……  ……って、こんなこと宮殿で暮らしていた頃に考えたことあったかしら? まぁ考えたところで、どうせ私の本心なんて捻じ曲げられた上で民衆に伝わってたんでしょうけどね。 「ハァッ……ハァッ……くっ……ハァッ」  ……ところであの女性、さっきから野菜がたくさん詰まった(かご)を必死に背負っているわね。周りにいっぱい人がいるのに、誰も助けて上げないのかしら? すれ違いざまに挨拶ぐらいするでしょうに。  いや、困っていたら必ず誰かが助けてくれるなんていうのは貴族の感覚、もとい、驕りね。  人と人が支え合って初めて成り立つのが街、その上で成り立たせてもらっているのが貴族の暮らしだと、いつだったか誰かに教えられたような気がする。  ただこうして実際に見てみると、現実は一人一人が日々を生き抜くのに必死で。本来なら誰もが他人に構っている余裕なんてないのかもしれない。  それでもジャンヌや、今朝の老夫婦、最初に私を拾ってくれた行商人の彼みたいに、見ず知らずの他人に手を差し伸べてくれる人はよっぽどのお人好しか、それとも…… 「ハァッ、ハァッ……あっ――」  ――ドシャアッ!! 「……はっ? えっ、ちょ……ちょっとぉ!?」  案の定、と言えば不謹慎な気もするけど。ぼんやり眺めていた私の目の前で、とうとう女性が大量の野菜をこぼしながら、前のめりに倒れてしまった。  つまづいたとか、そんな単純な話じゃない。明らかに彼女は限界だった。こうなることは私も、何なら本人だって予想できたことでしょう!?  本人が倒れて、初めて声をかけながら駆け寄った私。しかし、どうしましょう? 今さら私に何ができるというのかしら? いっそのこと、このまま誰かに任せてしまう?  でもそれだと私は、結局またお荷物のまま……  荷物には手も足も、何なら口もない。だから自ら駆け寄ったりしないし、声をかけたりもしない。  そもそも私だって人間よ? たとえ知恵や体力や人望に欠けていたとしても、まだと思う心ぐらいは残っているじゃない!  だから今こそ証明してみせるわ……私はもはや王妃でも何でもないけど、かと言って、決してお荷物でもないってことを!
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