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カツン、カツンと通路の上を靴が音を立てる。冷たい石の上では足は滑るように動いていく。
みんな同じ動きをしている。みんな、みんな。体力だけが削られていった。だが足は滑るように動かされていく。彼らは自分の意思で進んでいるのだと思っている。それは本当だろうか。
彼らは前に進まされている。後ろに気づかないほど熱心に前を向かされている。誰も後ろを振り返ろうとはしなかった。彼らはただ、外へ出て家に帰りたかっただけである。
体力が尽きる限界まで、彼らは長いと思われる通路を歩かされた。そして、揃っていた靴の音も次第にばらつき始めた。気にならなかったはずの照明灯の点滅さえ不快に思うほど、彼らは疲労した。それに気づくのは靴の音が止まってからである。
まずは女が遅れた。特に体力のない女である。そして体力のない男、健康な女と続いた。
男は女を支えた。女も男を支えた。ふらつく足を気遣った。膝をついて息を切らす背に手のひらを添えた。
励ます言葉を互いに掛け合った。もうすぐ帰ることができると明るく振る舞った。
光の指さない点滅する通路の真ん中で、彼らは手を取り合った。異なる境遇だったはずの彼らは他人である。
送り主の知り得ない招待状が彼らを其処へ呼び集めたのだ。
非常灯はチカチカと点滅した。目眩がするほどに、瞬いた。
ヒールを履いた若い女性が膝をついた。肩まで伸ばした髪を染め、ワンピースを着た、まだ学生と言っても通用するだろう女性だった。彼女は靴擦れをした細い足を庇いながら歩き続けたが、とうとう座り込んでしまった。淡いルージュを引いた唇からは熱い息が漏れている。
彼女の隣にはもう一人、壁にもたれ掛かりながらなんとか立つ女性がいた。一房だけ染めた髪を横に流し、両肩には巻いた髪が流れている。艶やかで張りのある肌には安物のピアスやネックレスが光っている。奇抜なピンクが躍る唇からは、もう一人のように荒い息が吐き出される。
彼女たちは「パーティー」のつもりでお洒落をし、招待状を手にやって来たのだ。同じように浮かれた女性を見て、二人は意気投合した。
慣れない化粧、奮発して買ったワンピースにドレス、装飾品、靴。どれも彼女たちの期待の表れだ。それなのに何故彼女らはこんな通路を歩かされているのだろう。
二人だけではない。其処に呼ばれた何人もが、きっと彼女らと同じように期待したはずだ。それは全て悪い形として裏切られた。
いいや、もしかしたら仲には今の状況を楽しんでいる者もいるかもしれない。だがそれは少数だ。ゲストたちは皆、こんな暗い道を歩かされるために集まったはずではないと思っている。
そう、こんなはずではなかったのだ。転ばないような、迷わないような道を選んできた。正解ではなくとも間違った道を歩かないように妥当な道を選んできた。そのはずだったのに、何故こんなことになったのか。一体いつ、足を踏み外してしまったのか。
彼らは朦朧とする頭で考えた。不満も不安もあった。だが今の彼らにはそれらを口にする余裕すらなかった。
次第に足音は止んでいった。
彼らは自分が疲労していることすら気づかないまで、焦らされていた。
いくつかの足音は、止んだまま何処かへ消えていった。
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