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ルージュの女性はピンクの女性の気持ちがよく理解できた。同様にピンクの女性もルージュの女性の気持ちがよく理解できた。
だからこそ彼女らは互いに互いを思い合った。それはこんな状況でも変わらなかった。
ふと、ルージュの女性が伏せた瞼を上げた。
目の前にはピンクの女性の張った形のいい腿があった。吸い付きたくなるようにおいしそうな腿だった。
ピンクの女性が視線を下げた。真上から見下ろしたルージュの女性の頭の隣には、おとなしそうな顔に似合わないはち切れそうな胸が実っていた。
熱い息を吐き出しながら、二人は同じことを思い浮かべた。ああ、いいなあ、と。
極限の状況で、更に疲労に追いたてられていた。彼女らはそれを自覚していない。
普段考えるはずのないことを考えていても、彼女らには違和感さえ感じることはできなかった。
二人と同じような者は他にもいた。何も彼女らだけがおかしいということではないのだ。
時計はそんな主人たちを嘲笑っていた。
彼女は彼女を鼓舞しようとした。「大丈夫」「もうすぐだよ」そんな言葉をかけようと口を開いた。開こうとした。しかしそれは音にならず消えていった。
もう片方の彼女が気づいた時には、彼女は一人になっていた。
目玉は見ている。壁の上から、ゲストであった者たちを嗤いながら見続けている。
照明灯がパチリと瞬いた。
誰かが非常口の青緑色を通路の先に見つけた。
「あったぞ! 出口だ!」
後ろにいるはずの人たちの耳に届くよう、大きく大きく、精一杯出せる声で叫んだ。振り向く余裕はなかったが。通路の途中で止まっていた人らはそれを聴いた。
近くの者に手を貸し、彼らは再び歩き出した。
「行こう」「立てるか」「よかった」「一緒に」
彼らは声を掛け合い、ゆっくりと歩を進めた。
いつの間にか照明灯は瞬きを止め、これからの道を示すように矢印の看板を光らせていた。
時計は再び仕事の時間となるだろう。かち、かち、と正しい数字に向かって戻り始めていた。
カツン。カツン。靴の音が暗闇から戻ってきた。
全ての人が光の先へと向かっていく。そんな終わりを目玉の元は望んでいなかった。
幾人かは消えたまま戻ってこない。それに気づくには、彼らは疲れすぎていた。だが再び思い出すだろう。自分が何を置き忘れていたのかを。
駆けていく彼らを、壁の上から目玉たちはじっと見ていた。
声は、悲鳴は届かない。聞こえない。
カツリ、と、誰かが足を止めた。何か聴こえたようだ。首を振り、周りを見渡しても其処には誰もいない。
あるのはぶら下がった目玉だけである。
誰かは目玉を見つめた。其所に目玉があるのを当然のことだと思い、素通りした。
目玉の向こうから訴えられている声は、誰かには届かなかったようである。
カツカツと通路を足音たちが去っていった。
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