天下統一編・第九話 【三本の矢 −矢先−】

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天下統一編・第九話 【三本の矢 −矢先−】

「そういえば隣のクラスに、一人だけ金髪の子いるよね?」 「ああ、アイツな。直接喋ったことねぇけど」 「私もないんだけど、こないだスゴくキツい関西弁で喋ってるのを見かけちゃってさ。見た目的にお嬢様なのかな〜って思ってたから、ビックリしたんだよね」 「俺もそれ思った。人って見かけによらねーよな」  勝美(カツミ)とマコに挟まれて、二人の不毛な会話に心地よさを覚える放課後の廊下。それは高校生になった今も変わらない。  楽座(らくざ)中学校を卒業したワタシたち三人は、約束通り茶校(チャコウ)こと金茶室(かねぢゃしつ)女子高等学校に進学した。  しかも何の計らいか、三人とも同じ一年B組のクラス。おかげで昼休みだけじゃなく、学校では常に一緒にいられるようになったんだよね。  でもこの学校に入ってきたのは、気を許せる友達だけじゃない。 「しかもあの子、よく黒衛(くろえ)さんや竹中(たけなか)さんと一緒にいるよね」 「あの二人って、楽中(ラクチュウ)(楽座中学校)じゃ今川(いまがわ)義江(ヨシエ)にくっついてた奴らだよな」 「そうなんだよね〜……ってことは、やっぱりあの金髪の子もろくでもない子なのかな?」 「そんなのわかんねーじゃん。信織(シオリ)みたいに、話せば良い奴かもしれねぇしさ」 「信織ちゃんは喋らなくても良い子だもんね〜っ?」  急に褒められるとむず痒くて、どう返事したらいいのか困る。もちろん嬉しいんだけどね。  それはそうと、この学校には黒衛や竹中みたいに、楽中から進学してきた人は割といる。茶校からしたら隣町だし、必然的と言えばそうなんだけど。  ただそのせいで、ワタシたちが中学時代にスクールカーストの頂点に立ってたとかいう、根も葉もない噂がすぐに流れちゃって。だからこうして廊下を歩いてるだけで、他の生徒が勝手に道を開けていくんだよね。  まぁその分、昔に比べてちょっかいかけてくる奴もいないから、学校生活自体はむしろ快適なんだけど…… 「あれ? 信織ちゃん照れてる? 照れてるでしょ〜っ! 可愛い〜っ!」 「信織って、クールに見え、意外とそういうの誤魔化せないタイプだよな。ツンデレっつうの?」 「そんなこと――」  ――言いかけて、ワタシはふと下校の足を止めた。  今のワタシたちに立ちはだかる障害なんてない……そう思った矢先。向かいからランウェイのごとく廊下のド真ん中を歩いてくる、黒スーツのお姉さん。  その隣にはちょこちょこと、普段から気弱な先生(田門(たもん)先生だっけ?)もついてきてるけど、お姉さんのオーラが強すぎて存在が霞んでしまってる。 「信織ちゃん、どうしたの?」 「……別に」  ワタシのせいで、マコと勝美の足を無駄に止めさせてしまった。それでも二人とも、あのお姉さんが醸し出す異様なプレッシャーには気づいたみたい。  とりあえず何食わぬ顔で再び歩き出してはみたものの、謎の緊張感は取れないまま。そもそもワタシ、何で立ち止まっちゃったんだろ? まさかヤンキーでもない人に足がすくんだ……わけじゃないよね?  お姉さんが近づいてくるにつれ、どんどん増してくる圧。勝美は平気そうだけど、マコは少し顔が強張ってるみたい。  そしていよいよ目の前まで迫ってきたところで、あらためて圧の正体がわかった気がする。このお姉さん、シンプルに見上げるほど身長が高いんだ。あと、やたら目つきが悪いし。  だけどよく見たら、ワタシたちのことを真っ直ぐ見つめているだけにも見えるような……それも、まるで興味深そうに。 「こんにちは」 「っちす」 「……どうも」  ここで睨み合っていても仕方ないので、せめて挨拶だけでもしようとしたら。意外にも一番怖がっていそうなマコが、品行方正な挨拶で先陣を切った。  そこへ勝美が堂々たる挨拶で続き、ワタシもコミュ障ながら何とか会釈して、あくまでも毅然とした態度で通り過ぎる。  するとお姉さんの方からも、肩越しに「おう」という、ずいぶん上から目線な挨拶が返ってきて。ついでに隣にいる先生からも「さ、さよなら」と、やけに頼りない挨拶をされた。  きっと先生の方はワタシたちの悪い噂を知ってるんだ。じゃなきゃ、あんなに怯えた態度は取らないはずだもの。  逆にあのお姉さんは……挨拶の感じからして、そこまで悪い人じゃないのかもしれないけど。それにしても大胆不敵というか、とてもワタシたちのことを危険視してる気がしない。  つまりそれだけの絶対的な何かが、あの人にはあるっていうことなの? 「今のって、教育実習の人だよな。確か、五十鈴(イスズ)っていう……」 「始業式で『夜露死苦(ヨロシク)』とか言ってた人でしょ? 何かここの卒業生らしいけど……ってことはつまり、元ヤンってこと?」 「かもな。つっても、俺はあんな人知らねぇけどな」  謎の緊張より解放された瞬間から再開した、勝美とマコの会話。それでも会話の内容は、今の一瞬ですっかりあの教育実習生一色になった。  二人の言うとおり、仮にさっきの人が元ヤンだとしたら、あの凄まじいプレッシャーにも納得できる。あれを本物と呼ぶのなら、今までワタシが蹴散らしてきた奴らは、よっぽどの小物だったということになるね。  正直、初対面であれほど緊張感が走ったのは人生で初めてかもしれない。とはいえ相手は教育実習生。どうせ二週間くらいしかいない人だし、今後関わることはないよね。多分。  これから先、少なくとも茶校を卒業するまで、ワタシたちの進む道に敵はいない。万が一なんて望んでないけど、降りかかる火の粉があるなら振り払うのみ。  だからワタシは自信を持って、自分の学校の廊下を突き進む。たとえどんなに悪名高い学校だろうと、ワタシが思い描いた平和な学校生活を送ってみせる。  勝美とマコ……この二人の友達と一緒に。
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