彷徨える大うつけ編(前編)・第三話 【栗と臼と蜂と糞】

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彷徨える大うつけ編(前編)・第三話 【栗と臼と蜂と糞】

 害虫は命ある限り、いくら無視しても人の血を吸い尽くそうとしてくる。  そして吸うだけ吸ったあとは平気で唾を吐いて、人を腫れ物にする。  それは人間もまた同じ…… 「ウルァァァアアアッ!! ……がぁっ!?」  ここにもまた一匹、いや一人。とびっきり厄介な害虫がいる。  見方によっては猿かもしれない。それも怒り狂った、黄金のヤツ。  あれからワタシはこの金髪の女子を、何度も蹴り倒した。もう二度とワタシに関わってはいけないと、華奢なその体に教え込むために。  だけどコイツはワタシの予想に反して、何度も立ち上がってくる。その度に拳を掲げて、意地でも殴りかかろうとしてくる。  一体何がコイツを突き動かしてるんだろ? もはや満身創痍のくせに、それでも仇討ちとか……クロカンとかタケベーとかいうのが、そんなに大事なの?  だったらもういいよ。どうせワタシは昔から腫れ物で、みんなの敵だから。だからこそ…… 「ううっ……ハァッ、ハァッ……クソがぁぁあああっ!!」 「……これ以上、腫れ物に触らないでくれる?」  ふらつく足で、もう一度拳を握り固めて、これまで以上に力強く睨みつけてくる金髪。  その拳がワタシに向かって振り下ろされる直前に、素早く金髪の背後に回ってかわす。  それだけじゃなく、教室の壁を思いっきり蹴って―― 「(っ!? 後ろ――)――ぶっ!?」  気配を察知して振り返った金髪の顔面に、飛び(ひざ)蹴り。すると金髪の体は教室の逆側、横に連なる個人ロッカーの方へと吹っ飛んでいった。  さすがにやりすぎたとは思う。最低限、整ったその顔だけは無傷で済ませてあげたかったのに、鼻からポタポタと血を垂らして……しかも…… 「ぐすっ……くうぅっ……ううっ……!!」  とうとう泣かれてしまった。こうなったら完全にワタシが悪者じゃん。  まぁ覚悟はしてるよ。たとえ自分の身を守るためだったとはいえ、最終的に大人から裁かれるのは自分だけだろうなってことは。  でも、これだけは金髪も分かってくれたよね? ワタシは所詮こういう奴なんだって。  逆にワタシも分かったから。今まで蹴り倒してきた誰よりも、アンタが別格に強いってことだけはさ。  だからもう、そのまま立ち上がってこないで。そうやって、いくらでもワタシのこと睨んでいていいから。  金輪際、ワタシの平穏だけは乱しに来ないで……!! 「ッ……!?」 「逃げんなや……カス……コラァ……!!」  金髪に背を向けて、このまま帰ろうとカバンを取りに行こうとしたら。後頭部に突然、これまでとは異なる鈍い痛みが走った。  なので渋々金髪の方を振り返れば、ワタシの足元に転がる、丸くて硬そうな何か。これって……たこ焼きのキーホルダー?  それより捨て置けないのは、これを投げた持ち主の方。個人ロッカーに手をついて、立つのがやっとの体で涙を拭いながら、まるで諦めてないかのような目をして…… 「……しつこい」 「ハァッ、ハァッ……すまんなぁ、しつこぉて。それだけがウチの売りやからなぁ……」 「だから、何?」 「痛かったやろ、それ……でもウチらはなぁ……それ以上に痛い思いさせられてきとんのじゃ、お前にっ!!」  今のアンタのどこにそれだけ叫べる力が残っているのか、そもそも何がアンタを奮い立たせるのか。さすがにワタシも、そこまでは理解できない。  とにかくもう、うんざりだ。ここまで身も心も疲弊したのは、生まれて初めてかも。  本来なら、このまま無視して帰ってもいいんだ。ただそれでも、今ここでちゃんとケリを着けてやりたい自分がいる。  ワタシのためにも……アンタ自身のためにもね。 「ウゥゥェェェァァァアアアッ!!」  汚く喚き散らして、もはや何度目かも分からない拳をひっさげて、よろめきながらもこちらに駆け出して来る金髪。その動きに合わせてワタシもまた、体を捻って回し蹴りの体勢に入る。  今度こそ、これが最後。今のアンタになら確実に当てられる自信しかない。  その上で手加減はしかねるよ。だってアンタはワタシを、かつてないくらい本気にさせちゃったからね。  今回のことで、あらためて思い知らされたよ。つくづくワタシという人間は、自分で自分の感情を抑えられないようなガキで、どんなに友達ができたつもりでも、昔から何一つ変わっちゃいないって。  仮にこんな自分を止められる人がいたとしたら、勝美(カツミ)たち意外には誰も――  ――ドゴォアッッッ!! 「ッ!?」 「ったく、テメェら……番長通さずに勝手に喧嘩おっ(ぱじ)めやがってよぉ……!!」  ワタシの渾身の一蹴り……それは、突然現れた黒い左肩に阻まれた。  向かいでは金髪もまた、ワタシに当てるはずだった最後の拳を、大きな右手に受け止められている。  急に割り込んで、ワタシたち二人分の攻撃を容易く受け止めた、やたらと背の高いスーツ姿の女の人。確か最近この学校に赴任してきた、教育実習生の…… 「うっ……あっ……」 「おっと……」  ここでようやく力尽きたように倒れ込んで、教育実習生の人に抱き止められた金髪。とりあえず終わったんだね、この不毛な喧嘩が……ワタシとしては不完全燃焼な気もするけど。  それにしてもこの教育実習生の人、何でそんなケロッとした顔ができるの? 自分で思うのも何だけど、今のはワタシの中で今日一番の蹴りだったのに。  ワタシが知ってる強い人といえば、勝美(カツミ)くらいしかいないけど……金髪といい教育実習生といい、ワタシが知らないだけで、この学校にはまだ強い人がいるっていうの? 「ずいぶん派手にやってくれちゃったわねぇ」  まるでこの最悪なタイミングを見計らっていたかのように、今度は始業式以来聞き覚えのある明瞭な声が響いてきた。  威圧感を伴ってゆっくりと近づいてくるヒールの足音。ワタシですら、意味もなく唾を飲み込みそうになる。  やがてその足音が自分たちのすぐそばで止まったとき、ワタシは自分の親以外で初めて、怒っているであろう大人の顔を見るのが怖いと思ってしまった。  それでも意を決して覗いて見れば、その人は意外にも穏やかな表情を浮かべていた。 「どういうことか説明――は、いらないわね」 「来舟(キフネ)……!!」  目の前に広がる惨状にも腕組みしたまま動じず、元凶たるワタシたちの顔を舐めるように見渡してくる校長先生。  そんなただならぬ雰囲気を醸し出す上司を、とても尊敬とは程遠い目つきで睨み上げる教育実習生……  二人の関係なんて知らない。知りたいとも思い。  ただ、これだけは言えるよ。きっもこの二人の大人もまた、ワタシの事情なんか知ろうともせず、目の敵にしてくるに決まってるって。  今この空間に、ワタシのことを理解してくれる人なんて……やっぱり一人もいないんだ。
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