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彷徨える大うつけ編(前編)・第四話 【仲裁か制裁か】
「……今さら何しに来たんだよ?」
「茶道部を見てきたついでよ。文化祭の出し物について、田門先生から何の報告も上がってなかったからね」
「ああそうかよ。だったらアイツらはどうした?」
「黒衛さんと竹中さんのことなら、田門先生に任せました。だから軍将さんも、そのまま藤木さんを保健室まで連れていってあげてちょうだい。あと、安土さんは私と一緒にね」
ワタシと金髪、二人の喧嘩に割り込んで強引に止めてみせた、やけに口の悪い教育実習生のお姉さん。
と、さらにそこへ泰然自若とした態度で現れた来舟校長先生。
二人が来ただけで、ただでさえ殺伐としていた放課後の教室が余計に重苦しくなった。
早く帰りたい。裁きならまた明日受けるから、今だけは身も心も疲れ切ったワタシを解放してほしい。
でも、今すぐには動き出せない。この二人から醸し出される一触即発的なオーラが、ワタシにそれを許しちゃくれない。
「どうしたの? あとのことは私に任せて、早く――」
「悪ィけど、アンタの出る幕はねぇよ」
「――どういう意味かしら?」
「コイツは教育実習の一環だ。だから《アタシの課題》だ」
「答えになってないけど、それはつまり『私には手を出すな』ということ? この状況を見て私がそれを許すと思う? 第一、アナタにはまだ荷が重すぎるわ」
「キャパオーバーかどうか、それを見極めるのも教育実習の内だろ?」
かたや力尽きて気を失った金髪を抱き止めながら、あろうことか校長先生相手に強気な発言をしてみせた教育実習生の人。
かたや腕組みしたまま、語気を強めてひたすら正論を提示し続ける校長先生。
ワタシや金髪を他所に二人だけで繰り広げられる、淡々としながらも凄みを増していく大人の会話。傍で聞いていても、いまいち二人の関係性が見えてこない。
とりあえず話の内容からして、どうもこの教育実習生の人はワタシや金髪を庇おうとしてるというか、意地になっているように思えるんだけど……だとしたら、何で?
「……アナタ勘違いしてるようだけど、これはアナタのためじゃない。あくまで生徒や親御さんのために言ってるの」
「ァア……?」
「考えてもみなさい。経験豊富な校長と未熟な教育実習生、任せるとしたらどちらが適任かしら? そもそもいざというとき、アナタに責任が取れる?」
やがて薄気味悪い笑みが消えた校長先生から、決定的とも言える質問が飛び出し、教育実習生の口を閉ざしにかかった。
確かに校長先生が出てきた以上、今さら教育実習生の人に何かできるとは思えない。そもそもこの人を頼りにしていい根拠もないし。
だけどワタシからしたら、どっちにしたって同じだよ。
「あのさぁ!!」
と、ここでワタシは柄にもなく声を張り、大人の口喧嘩に終止符を打つことにした。
すると、突き刺すような眼差しでこちらを見てきた大人たち。ここで怯んじゃいけない。ワタシにだって、大人と対等に話す権利はあるんだから。
それにいざとなれば……自分を守るための足だって。
「……もう帰っていいですか? 日直の仕事終わったんで」
「どうしてこの状況で帰れると思うの?」
「買い物しなきゃいけないんです。今日は卵が安いから」
校長先生が放つ《冷静》という名の圧に負けじと、こちらも平然とした口調で訳を説明する。ウソはついてない。本当なら今頃買い物してたはずなんだから。
そして伝えるべきことを伝えたら「それじゃ」と、今度こそ自分のカバンを拾って帰ろうとしたら――
「待ちなさい!」
――やはりと言うか、このままみすみすワタシを解放してくれるはずもなく。校長先生は言葉のみならず腕ずくで、ワタシの肩を掴んで離そうとしなかった。
その細くて白い指からは、とても想像できないくらいの握力。だから教育実習生の人は、この人に手を出させまいとしてたのか。きっと他の生徒に対して、何かしらの前科があるから。
何にしても、今のでハッキリしたよね。この人もまた、金髪同様に相当強い部類の人だって。
それに校長先生……結局アナタにとってもまた、ワタシは生徒である以前にただの《厄介者》でしかないってこともね。だったら……
「……どうせ全部『ワタシが悪い』って言うんでしょ」
「安土さん――ッ!?」
たまらずボソッと愚痴をこぼしたのを合図に、ワタシは自慢の右足で、振り向きざまの回し蹴りをくれてやった。
これにはさすがの校長先生も驚いた顔してるね。視界の端では教育実習生の人も、鋭かった目つきを丸くしてるし。
けれどビックリしたのはワタシも同じ。悔し紛れとはいえ本気に近い蹴りを、右手でいとも容易く受け止められるなんて、思いもしなかったもの。
「くっ……!?」
掴まれた右足を目一杯押し込めば押し込むほど、苦悶の声を漏らし始めた校長先生。
けど逆に言えば、これ以上ワタシが攻撃に力を入れ続ければ、相手もまた防ぐ手にさらなる力が加わる、というわけで。すでにワタシの足首は血が止まりそうな痛みでミシミシと悲鳴を上げ始めている。
となれば、ここは一旦振り解くべきなんだろうけど、ワタシを真っ直ぐ帰すつもりのない人が、そう簡単に離してくれるとは思えないし……
……こうなったら一か八か、やれるだけのことはやってみるしかないか。決してあの金髪の受け売りなんかじゃないけどね。
今まさにワタシの足を掴んで離さない校長先生の手を支点に、掴まれている足は力点に。
そして体全身をバネにして跳躍。あとはただガムシャラに、自由が利く左足で校長先生の端正な顔を……狙う!
「かはっ!?」
「安土っ!?」
……一瞬、何が起きたの?
教育実習生の人に名前を呼ばれた頃には、ワタシの体は机や椅子を巻き込んで床に打ちつけられていて。ついさっきまでワタシがいた場所には、左手を突き出した校長先生の立ち姿が見える。
ワタシの左足に蹴った感触はない。あるのはワタシのお腹辺りに走った、衝撃の余波……やっぱりこの人タダ者じゃないっていうか、もしまともに戦えば、下手したら金髪以上に……強い!
「来舟、テメェ!!」
ワタシの無様な様子を見た途端、血相を変えて怒りに満ちた声を上げた教育実習生。かといってワタシの元に駆けつけるでもなく、両手は今もなお金髪を抱き寄せたまま。
そんな背後からの遠吠えに目もくれず、ただ立ち尽くしてばかりの校長先生。その表情は気のせいか……申し訳なさそうに見えた。
一体それは、どういう表情なんですか? ワタシのことを振り払うべき火の粉だと思ったから、その手で思いっきり突き飛ばしたんでしょ?
教育実習生の人も同じだよ。アナタは一体誰のために、そこまでムキになってるの? ワタシのため? それとも自分自身?
そもそもワタシ、何で全身に痛い思いをしながら尻もちついてるんだろ?
ワタシはただ、一人で教室に残って日直当番の仕事をこなしていただけなのに。とくに高校に入ってからは、なるべく大人しく、人畜無害に過ごしてきたつもりだったのに。
どこへ行っても、自分の居場所を壊してしまう……結局それがワタシの人生なんだ。
「安土っ!!」
あらためて悟ったというか、自分の生き方に諦めがついたとき。急にこれまでの何もかもが辛く感じて、いたたまれなくなって。
そしたらワタシは無意識に黙って立ち上がっていて、今度こそカバンを拾ったら、そのまま逃げるように教室から走り去っていた。
その際、またあの教育実習生から名前を呼ばれた気がしたけど、振り向いてやる余裕なんか微塵もない。今は一刻も早く、誰もワタシを知らない場所へ逃げたい。
とにかくこれでもう終わったんだ、くだらない喧嘩も。友達と一緒に毎日楽しく過ごせていた、平和な青春も。こうなった以上どうせ停学か、最悪、退学処分だろうから。
仮にそうなったとしたら、お母さんからはどんな顔されるかな? 昔みたいに、また腫れ物を見るような顔するの? とくに今のワタシなんて、実際に頬が腫れてるしね。
こんな姿を見たら、多分お母さんよりも勝美やマコの方が黙ってないかもね。勝美だったら『また喧嘩したのかよ』って呆れるだろうし、逆にマコだったら――……
「……信織ちゃん」
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