彷徨える大うつけ編(前編)・第七話 【夜営】

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彷徨える大うつけ編(前編)・第七話 【夜営】

「スゥ~……スゥ~……」  深夜、零時過ぎ。これから一緒にアニメを見るつもりだったから、部屋の明かりはつけたまま。  それなのに友達は、私のベッドで先に寝ちゃった。まぁ、仕方ないよね。今日はいろいろあったから、身も心も疲れちゃったよね。  あれからお父さんも帰ってきて、軽く事情を説明したら『ああ、うん、いいんじゃない?』の一言でお泊りを認めてくれた。  だからね? 安心して、ここにいていいんだよ。何ならこの先、ず~っと――  ――ねぇ、信織(シオリ)ちゃん。 「スゥッ……んぅう」  私の方を向いた信織ちゃんの寝顔、カワイイ。  顔を近づけると私の鼻に当たるその寝息、カワイイ。  他にもスッピンとか、赤が混じったサラサラな黒髪とか、あと《(えら)()アニマル》柄のパジャマも……って、それは私が貸したヤツだけど、ちゃんと似合ってる。  この世でマコがカワイイと思う全ての要素が今、目と鼻の先でお姫様のように眠ってる。  それがお人形のように愛おしくて、ついほっぺをつついたり、指先で唇に触れてみたり―― 「んむ……」  ――ヤバッ、危うく起こしちゃうところだったね。  この程度のことで起こしちゃったら信織ちゃんに申し訳ないし、まずもったいない。夜はまだこれからなんだから。  そういえば、こうして友達と寝泊まりするのは中学の林間学校以来かな? あのときは勝美(カツミ)ちゃんも同じ部屋だったけど……  ……でも今は二人っきり。 「いいかな? ……いいよね、信織ちゃん」  ささやくように問いかけて、目覚めないか確認を取ってみる。うん、大丈夫。  それでも念のため電気を消しておかなくちゃ。親にまだ起きてると思って見に来られたくないから。  ああ……ヤバい。暗くしたら余計に気持ちがドキドキというか、ふわふわしてきた。  ここまできたら、もう、ね。こればっかりは仕方ないよね。そこに山があるように、目の前に信織ちゃんがいるんだもん。  呼吸を整えて、あらためてゆっくり顔を近づける。こんなこと初めてだから、距離感を測りたくてどうしても目を閉じられない。  あと十五センチ、十四、十三……鼻先で感じる信織ちゃんの寝息が、さっきよりも熱く感じる。  十、九、八……嗚呼、何かもう今、自分が何をしようとしてるのかも分からなくなってきた。このままどうなっちゃっても許してくれる?  五、四……いいよね。だって私たち、友達だもんね。  三、二、一………… 「……なぁ~んてね」  鼻先同士かすめ合った瞬間、強烈な理性の波が押し寄せて、高まる私の欲求を洗い去ってしまった。まぁ要するに、ひよっただけなんだけど。  こういうの、後ろ髪を引かれるっていうのかな? 未遂に終わった瞬間から一気に後悔の念が込み上げてきちゃう。  そんな私の気持ちなんかつゆ知らず、こちらへと寝返りを打つ信織ちゃん。その健やかな寝顔を守れたと思えば、今はこれでよかったのかな?  ……いや、守れてなんかないじゃない。  信織ちゃんの青紫色に腫れた口元を見ると、自分のことのように心がズキズキと傷んでくる。完成された自画像にただ一点、余計な絵の具を垂らしたみたいで許せないの。  本当ならそんな傷、信織ちゃんが負わされる必要なんてなかったのに……むしろ負うべきなのは、。  『赤い髪の子と金髪の子が教室で喧嘩してる』――図書委員の仕事中にその噂を聞いたとき、私は居ても立っても居られなかったよ。  それで私は図書室を飛び出して、真っ直ぐ信織ちゃんの元へ向かったけど。駆けつけた頃には、ちょうど信織ちゃんが一人、辛そうな顔で教室を飛び出していった瞬間で……  急いで追いかけようとも思った。せめて声をかけようとも。でも私は結局、どちらもできなかった。  だって教室には金髪の子=藤木(ふじき)さんや、藤木さんを介抱してた教育実習生の人、さらに来舟(キフネ)校長までいて。そんな状況で、信織ちゃんが傷ついたのがなんて、バレたくなかったから。  もしも……いや、信織ちゃんに限って喧嘩で負けることなんかないって信じてるけど。それでも万が一勝ってたのが藤木さんなら、私は藤木さんが一番許せなかったと思う。  だけど傷だらけの藤木さんを見たとき、他に許せない人がいなくなったように感じて。そう思ったら、誰よりも自分が許せなくなった。  私はただ、勝美(カツミ)ちゃんのために……だから黒衛(くろえ)さんと竹中(たけなか)さんを……なのに何で信織ちゃんが……!?  悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて。明日から信織ちゃんにどう顔向けしていいか……そればかり考えながら、私の足は図書室に戻るしかなかった。  けど、その帰り道。神様は私にチャンスを与えてくれた。  駅前で、途方に暮れたように佇んでいた信織ちゃん……何とも抱きしめたくなるほどの哀愁が漂うその姿を見たとき、私はつい思っちゃったんだよね。『今の信織ちゃんなら、私を頼ってくれるかも』って。  何だか弱みにつけこんだ感じもするけど、 信織ちゃんを守れるなら何でもいい。余計な傷を負わせてしまった分、これからは私が全力で信織ちゃんを守るから。  だって私にとって、信織ちゃんは…… 「……おやすみ、信織ちゃん」  可愛らしい信織ちゃんの耳にそっと、起こさないよう優しくささやいたら。部屋の明かりを消して、同じベッドで添い寝する。  いくら友達だからって、ぬいぐるみみたいに抱きしめちゃうようなことは、今はしない。しないけど、寝相が悪くてどうしても……ってなっちゃったときは許してね。  嗚呼、今日はいつも以上に良い夢が見られそうな気がする。  信織ちゃんは今、どんな夢を見てるのかな? 今まで夢の中に私が出てきたことはある?  ちなみに私はあるよ。だって、今でも時々思い返してるから。信織ちゃんや勝美ちゃんが友達になってくれた日のこと。  とくに信織ちゃんのことは、あの日からずっと――……
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