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外伝 〜家臣、丹(マゴコロ)を込めて〜 第一話 【天下無頼・裏】
「ほら、早く証拠見せろよ自分で!!」
「長羽さんさぁ~、私らだって暇じゃないんだだけどぉ~」
「それをわざわざアンタ一人に時間割いてやってるんだから、むしろ感謝してほしいわ」
「っていうか、アンタだってこの時間が長引くの嫌でしょ? そう思うなら早くしろって!!」
昼休み終了のチャイムが鳴るまで、残り約一分。このタイミングを見計らって、ずっと我慢してたトイレをしに来たのに。
用を足し、個室を出た途端、いつもの他クラスの女子五人組に囲まれてしまった。
その中心にいるのは、いつだってこの傲慢な女子・今川義江。楽座中学に入ってまだ間もないけど、この女と出会ってしまった時点で、思い描いていた私の青春は早くも終わりを告げてしまった。
「もしかしてアンタさぁ、自分でヤる方法わかんないの? 私の彼氏とはヤったくせに?」
「私は……そんなことしてない……」
「ウソつけ、ヤッたんだろ! その貧相な体で私の彼氏を誘ったんだろ!?」
一体何を根拠に、私のことをそこまで責められるんだか。そもそも《私が男を弄でる》だなんて、そんな有りもしない噂を流したのは今川さんでしょ。
たまたま今川さんが狙ってた男子が私に告白してきて、私はそれを丁重にお断りしただけなのに。何で付き合ってもない私が、こうしてイジメを受けなきゃいけないの……?
「ねぇ〜、私さっきから言ってるよねぇ? 処女だってんなら、その証拠を見せろって。それさえ見せてくれたら私も納得するって言ってるのにさぁ、何がそんなに恥ずかしいんけ? 意味分かんないんだけど」
意味が分からないのは、むしろ今川さんの方だよ。同じ女の子とは思えない卑劣な提案をしといてさ。もちろん、それを否定せずに笑ってる他の女子たちも同じ。
現実の世界はおかしい。明らかに今川さんたちみたいな底辺の奴らがカーストの頂点で威張って、私みたいに大人しい少数派が虐げられなきゃいけないなんて。この世のヒエラルキーは間違ってる。
「いやいや、泣いても終わらないから! 涙流すくらいなら血を流せって!」
自然とこぼれ出す涙すら許されないなんて、やっぱりこの世界は理不尽すぎる。
きっとこんな世界には、私を助けてくれる人なんていないんだ。漫画やアニメみたいに、颯爽と現れて悪い奴らをやっつけてくれるような、そんなヒーローみたいな……
「お前ら、その辺にしとけよ」
ふと聞こえてきた、男勝りでハスキーな声。その声にすがりたい気持ちで、泣きながらうつむいていた顔を上げると。
私を取り囲む今川さんたちの先、トイレの入口には、しかめ面で仁王立ちしてる男の子――みたいな女の子がいた。
オレンジ色のウルフカットに、スカートの下に赤ジャージ……同じクラスの柴村さん?
「何? 今お取り込み中なんですけど?」
「もしかしてトイレしに来た感じ? だったら男子トイレなら空いてるんじゃない? アンタなら自然と行けそうだけど。キャハハッ!」
相手が同じ女子だと分かれば、容赦なく強気でしゃしゃり出る今川さん。と、それに続く取り巻き。
けど柴村さんは、その程度の煽りでは一切怯む素振りを見せない。それどころか、こちらに向かってズカズカと近づいてきて……
「群れてりゃ強くなった気になりやがって……一人で耐えてるそいつの方が、お前らなんかよりよっぽど強いじゃねえか」
「ハァ? そういう正義ぶった感じ、ウザいんですけど――ッ!?」
今川さんの戯言を遮った、前触れのない柴村さんの一発。しかも女の子らしい平手じゃなく、ストレートに突き出された拳。
だけど今川さんは微動だにしない。というより、恐怖で身動き一つ取れないみたい。背後からじゃ見えづらいけど多分、柴村さんは今川さんの顔に触れる直前で止めたんだ。
「寸止めするってことぐらい分かるだろ。それなのにこの程度でビビるなら、最初から粋がってんじゃねえよ、カス」
「ハ、ハァ……!?」
手を出しかけても、決して本気で痛めつけようとはしない柴村さん。それでも自信満々に突き出されたその拳は、今川さんを始め、この場にいる全員を押し黙らせるには充分だった。
現実にも、本当にヒーローみたいな人っているんだ……!!
「強いからって調子乗んなよ、アンタさぁ……!!」
「もう行こうよ、構うことないって」
「そうだよ~、先に殴ろうとしてきた方がガキなんだからさぁ~」
もはや強がることで精一杯な今川さんだけど。それをすかさず諌めたのは、取り巻きの中でもとくに関心なさそうな黒衛さんと、呑気な口調で自分のツインテールをイジり続けている竹中さんだった。
これを受けて、大人しくゾロゾロとトイレから退室していく今川さんたち。「あ~ウッザ!」とか「カッコつけんな」とか、雑魚キャラみたいに次々と捨て台詞を吐いていくあたり、最後まで潔くないけど。
「大丈夫か?」
「う、うん……あ、ありがと……」
「お前、同じクラスの長羽だろ。つっても、一度も喋ったことねぇけどさ」
「そうだけど……何で、その……助けてくれたの?」
「お前が教室を出て行った後、すぐにアイツらが同じ方向に出て行ったのを見かけてさ。ほら、アイツら普段からろくな噂を聞かねぇし、何か怪しいなと思ってよ」
敵がいなくなったトイレで、私なんかを気遣ってくれる柴村さん。見た目だけじゃなく話し方まで男っぽいから、いよいよ本当にヒーローのように思えてくる。
普段はその見た目のせいか、誰からも距離を置かれているイメージだったけど……話せば案外、優しくて頼もしい人なんだね。
「お前、まさか今日が初めてじゃないのか?」
「まぁ、その……うん」
「そっか……だったら、これからは俺ができるだけそばにいてやるよ。お前さえ迷惑じゃなければだけどさ」
まさかのイケメンすぎる提案に、私は戸惑いを隠せなかった。もしかしたら今川さんたちと同じで、柴村さんもまた私のことをからかっているんじゃないかと疑ってしまうほどに。
それでも私には、柴村さんの真っ直ぐな親切に甘えるしかなかった。なぜならこのときの私はどうしようもなく弱くて、他に頼れる人もいなかったから。
あとは、やっぱり……こんな私にも手を差し伸べてくれる人がいたことが、嬉しかったの。
「……いいの? 私なんかと一緒にいたら、柴村さんも……」
「さっきのを見て、俺があんな奴らにビビると思うか? あと俺のことは『勝美』って、呼び捨てにしてくれていいから」
「あっ、うん……ありがとう。かっ、勝美……ちゃん」
「おう。そういやお前って、下の名前何て言うんだっけ?」
「ま、マゴコロ。丹精込めるの『丹』って書いて……」
「へぇ〜、変わってんな。でも呼びづらいから、『マコ』でいいか?」
「う、うん。お母さんからもそう呼ばれてるし」
「そっか。じゃあこれからは――」
キーンコーンカーンコーン……
「――ヤベッ! 早く戻ろうぜ、マコ!」
「うん……あっ、まだ手洗ってない」
「おっと、悪ぃ」
このとき、私は中学で初めての友達ができた。
ただ勝美ちゃんは、私にとってそれ以上でも以下でもなくて。何なら理想のヒーローでもない、至って普通の女の子なんだと……この後思い知らされた。
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