天下統一編・第一話 【階(きざはし)】

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天下統一編・第一話 【階(きざはし)】

 一人ぼっちになりたかった? ……違う。  家事が上手くなりたかった? ……それも違う。  誰も寄せつけないくらい強くなりたかった? ……何もかも違う。  結果的にワタシをそんなふうにしたのは環境。だけどその環境すら、決してワタシが望んだものじゃない。 「ただいま~……ふぅ」  ギリギリ日付けが変わる前に、お母さんが家に帰ってきた。それをワタシは何も言わずに、ただパジャマ姿で出迎えるのみ。 「あら、こんな時間まで起きてたの? 先に寝てていいのに」 「別に」 「ああ、ご飯用意してくれてたのね。じゃあ洗い物は私がやっとくから、信織(シオリ)はもう寝なさい」 「…………」 「ん? 何?」 「……別に」 「そう。じゃ、おやすみ」  今日もまた『別に』としか言えなかった。本当は今日、学校で何があったのか、家でどんな家事をしたのか、言いたいことがたくさんあったのに。  それを聞いてくれる人はもう、お母さんしかいないのに……        ● ● ●  小学三年生、ワタシがまだ髪を赤く染める前。  この頃からワタシはお父さんの顔を見なくなり、仕事で忙しいお母さんに代わって、自主的に家事をするようになった。  親の離婚理由は、お父さんの不倫。でもそれは、あくまでも決定打であって。お父さんが側室のごとく彼女を作った理由は、前々から続いていた夫婦喧嘩。  そしてその喧嘩の理由は、お母さんの職場復帰に始まって。そもそもお母さんがそうしようと思ったのは、ワタシがある程度大きくなったからであって。とはいえ子どもを家で一人にするなんてと、お父さんが――  ――とまぁ、こんな感じで。要するに大元の原因はなんだと思う。  元々仕事人間だったお母さん、そのお母さんには家庭に入ってほしいと思っていたお父さん……平行線だった二人がどうして交わり、そこからワタシが生まれてしまったのか分からない。  かといって、それを生みの親に直接聞く度胸なんてワタシにはなくて。やがてワタシは親の顔色を伺うように、自分の意見もワガママも我慢しがちになった。  そんな性格が災いして、ワタシには友達がいない。学校でも基本、一人ぼっち。  もっとも本当にそうなってしまったのは、我慢しすぎて授業中に大きい方を漏らしちゃったからという、他でもないワタシの自業自得。ワタシの人生で最大の黒歴史。  とにかくワタシはたった一日の過ちのせいで、その日からイジメを受けるようになってしまった。  男子は複数で取り囲んで罵倒してくるし、女子は陰口を叩いてくるし……中でもとくに悪質な奴が一人いる。 「あれぇ~? お漏らしちゃんのくせに、トイレ行く意味あるんでちゅかぁ~? ってかさぁ、オムツ履けばぁ~?」  ワタシがトイレから出ると、すかさず取り巻きの女子二人を従えてバカにしてくる女子、今川(いまがわ)義江(ヨシエ)。  クラス内でもとりわけ目立つ、いわゆる陽キャラというヤツで。日頃からワタシみたいな、いわゆる陰キャラを目の敵にしてくる嫌な奴。  しかも子どものくせに要領がよくて、何よりしつこい。コイツがこの先何年も絡んできたせいで、ワタシの青春は完全に潰されたんだ。 「……どうして」 「ハァ? 何ですかぁ?」 「どうしてそこまでワタシが嫌いなの? 何でいつまでも関わってくるの……?」  義江というお邪魔虫を払いのけたくて。この苦痛でしかない時間から逃れたくて。だからワタシは、子どもなりに勇気を振り絞ったつもりだった。大人の対応をしたつもりだった。  だけどコイツは――   「はぁ? そんなのアンタがキモいからに決まってんでしょ? それすら分からないとか、バカなんじゃないの〜?」  ――やはりというか、むしろワタシの想像以上に子どもだった。  このときワタシは、子ども相手に大人びた言葉なんて通用しないと悟った。なぜならワタシも子どもだから。  だとしてもワタシたちは、お互いに子どもという名の、同じ土俵に立つ者同士。それなのに何でワタシばかりが、こんな奴に虐げられなきゃいけないの? どうして人間は同じクラスの中ですらも、いちいち上下関係というものを作りたがるの? 「……何よ、ブッサイクな顔でアタシのこと睨まないでくれる? そういうところがキモいっつってんの! っつーか、もう死ね!」  『死ね』――その言葉の重みを子どもは理解せず、平気で口にする。それを理解させるには、もはや痛い目に遭う他ない。  言うだけ言って満足して、そのまま(きびす)を返す義江。ふんぞり返ったその背中を無意識に追ったワタシは……気づけば義江を階段から突き落としていた。  この時点でのワタシはまだ、特別強かったわけじゃない。ただ、どんなに弱い子どもの力でも、道徳を踏み外しさえすれば、他人を簡単に傷つけてしまえる恐ろしさを思い知った。  それと……こんな自分に味方してくれる人間なんて誰一人いない、ということも。
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