天下統一編・第二話 【天下無頼】

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天下統一編・第二話 【天下無頼】

 今川(いまがわ)義江(ヨシエ)を階段から突き落としてしまったことは当然問題となり、ただちに互いの母親が学校に呼び出されることになった。  そこでワタシはこっぴどく怒られた。義江の母親からも、自分の母親からも。  ただ怒られっぱなしも悔しいから、ワタシは我慢することをやめて全てを話した。今まで義江たちからどれだけのイジメを受けてきたのか、おぼつかない子どもの口で、精一杯。  すると担任は耳を塞いだ。イジメがあったという事実を信じたくないように。  逆に義江の母親はさらに怒鳴った。我が子がそんなことするはずないと、否定するように。  今にして思えば、それは当然の反応だったと思う。親も教師も、子どもを信じてあげたいだろうから。  じゃあワタシのお母さんはというと……ワタシという存在そのものに蓋をした。イジメの事実はどうあれ、怪我を負わせたワタシが悪い、もうこれ以上お母さんを困らせないで、と。  このときワタシは、小学生ながらに新たな悟りを開いた気がする。自分を守れるのは、もはや自分しかいないんだ……って。        ● ● ●  階段事件からまもなくして、ワタシはすぐに隣町の学校に転校させられた。  おかげでイジメはなくなった……けど、今さらワタシに友達を作る術なんかなくて、卒業までずっと孤独だった。  それから小学校を卒業して、学費の都合や通学の利便性から、お母さんの判断で同じ町内にある楽座(らくざ)中学校に進学したんだけど……よりによって、またあの義江と同じクラスになってしまった。  入学早々にアイツは、ワタシに突き落とされたことをクラス中に言いふらした。ついでにワタシの恥ずかしい過去も。  そこからまたイジメも再開された。といっても、これまでの子どもじみたものと違って、クラス内のSNS等を利用した陰湿な形で。  そうやってワタシの青春を潰す一方で、アイツは野球部のマネージャーになったかと思えば、そこで柄の悪い男の先輩と付き合いだしたりして……ずいぶんと自分の青春を謳歌していた。  まぁ別にアイツがどうなろうと知ったことじゃないし。それにワタシが置かれた状況だって今に始まったことじゃないから、悔しいけど慣れてるし。  だからワタシは階段のときみたいに、下手にやり返したりはしない。義江が度を越してこない限り、ただひたすら心を無にして卒業まで耐えるだけ――  ――そう思っていた、ある日のこと。 「あのさぁ安土(あづち)さん、ちょっとい〜い? ウチの野球部でさぁ~、アンタのこと気になってるっていう男子がいるんだけどぉ~……」  放課後、急に義江が猫なで声で話しかけてきた。  くだらない。そして胡散臭い。どうでもいいから無視して帰ってやる――そう思って、自分の席を立とうとした瞬間。廊下に野球部らしき男子たちが何人か待ち構えているのが見えてしまった。  ……要するに逃がす気はないってことね。 「私たち、小学校の頃からの仲だからさぁ〜あ? ……私のお願い、聞いてくれるよねぇ〜?」        ● ● ●  何か企みがあると分かりつつ、義江ら野球部の連中に周りを固められたまま、校舎の離れにある部室へ。  初めて入る部室は、そりゃもう物で溢れていて汗臭い。家ではお母さんに代わって専業主婦みたいな生活をしてるワタシとしては、すでに我慢ならない。  それに……この時点で、どう見ても告白される雰囲気じゃない。 「じゃあ、あとはゆ~っくり楽しんでね~! ……先輩たちと♪」  あくどい笑顔を残して、部室の扉をバタンッと強く閉めていった義江。しかも用意周到に鍵までかけていった。  ただでさえ校舎から離れていて、しかも不良の巣窟と名高い野球部の部室……ここで泣き叫んでも、まず誰も助けに来ないかもしれない。  ……だったら、もう諦めるしかないか。        ● ● ● 「そろそろかな~♪」  部室の外にて、今川義江は窓の下に潜みつつ、楽しげにスマホを携えていた。  この場でこれから起こることを、義江は今か今かと待ちわびる。高鳴る好奇心と、積年の恨みを抑えながら。 「(あんなお漏らし女、先輩たちの便器にでもなればいいわ。そしたらその一部始終をバッチリ動画に撮って、アンタのこと徹底的に潰してやる……!!)」  今の義江の脳裏で交錯するのは、安土信織(シオリ)が女としての尊厳を失う未来と、その信織に階段から突き落とされた過去。  痛ましい記憶は一生消えてはくれない。ならばせめて、せいせいする記憶で上塗りしてやる。  たとえこの先、何度あの日の屈辱がフラッシュバックするとしても……その度に憎い相手の悲鳴がかき消してくれると信じて。 「(にしても遅いなぁ。もうそろそろ始まっててもいい頃なのに――)」  バリィィィンッ!! ……ドサァッ。 「――キャッ!?」  義江の期待とは裏腹に、突如として義江の頭上で破裂した窓ガラス。  と同時に、ゴミ袋がごとく外へ投げ出された何かが、義江の数メートル先で横たわる。 「じ、ジョウ君……?」  たまらず口にしたその名は野球部の部長、いわば不良グループのリーダーにして、義江の彼氏でもあった。 「はぁ? ちょっ……ハァッ!?」 「あっ、いた」 「へっ……?」  あまりに突然にして痛ましい光景に、情報処理が追いつかない義江の頭。そこへ頭上から、聞き覚えのある無感情な声が降り注ぐ。  恐る恐る見上げると……この世でもっとも嫌いな女が割れた窓より顔を出し、あの日と同じ冷めた目で義江を見下ろしていた。
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