天下統一編・第四話 【不倶戴天】

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天下統一編・第四話 【不倶戴天】

 早朝、自宅マンションにて。洗面所の鏡に映る赤い髪のワタシが、制服の上から黒のパーカーを羽織る。  ……やっぱり中学生で悪目立ちが過ぎるかな?  いや、これぐらい思い切らなきゃ《魔除け》の意味がないよね。そのためにわざわざ美容院まで行って、人生で初めて髪色まで染めてもらったんだもの。  でも決して、心の底から不良になったつもりはない。何度でも言うけど、これはあくまで《魔除け》のためなんだ。 「よし……行こ」        ● ● ●  いつもと変わらない通学路。それなのに、いつもより足取りが軽いような、逆に力強く踏みしめているような、そんな不思議な感覚。  ハッキリとしてるのは、今のワタシが無敵だということ。子どもじみてるけど、そう思えるだけで入学式のような気分で登校できる。  遅咲きだけど、これが本当のワタシの中学デビューだ。 「安土(あづち)さんっ!? どうしたの、その髪色!? それにその服……」 「……何か?」 「ああ、いや……」  朝のホームルームが始まって早々に、担任からツッコまれてしまった。  ただワタシの成績が良いからか、それとも日頃から無表情で何を考えてるか分からないからか、それ以上はとくにお咎めナシ。そういうところは、まるでワタシのお母さんと同じ。  周りのクラスメートも痛い視線を浴びせてくるわりに、誰一人として直接イジってこようとはしない。それでいいの、ワタシみたいな腫れ物なんか放っておいてさえくれれば。  といっても、これは魔除けの効果っていうより、アイツの存在がいないのが一番大きいのかもしれない。 「え~、出欠取る前に一つ。最近お休みが続いていた今川(いまがわ)さんですが、転校することになりました」  イメチェンしたワタシを見たとき以上にざわつくクラスメートたち。それだけ義江(ヨシエ)の影響力がワタシなんかより凄まじかったってことね。  しかし内心ではワタシも驚いてる。まさかそこまで追い詰めていたなんて、思いもしなかったから。  果たしてそのことに気づいてる人が、このクラスに何人いるんだろ?  できれば誰にも気づいてほしくない。けど、それはそれで気持ち悪い気もする。だってそうじゃなきゃ、今こうしてワタシがこの場にいられるはずないもの。 「ねぇ、安土さんが急にイメチェンしたのってさ……」 「絶対関係あるでしょ。まぁ私は安土より今川の方が偉そうで嫌いだし? 二度と顔見なくていいなら好都合じゃない?」 「それは激しく同意だけどさ、じゃあ野球部の奴らは? 何人か退学したらしいけど、理由は安土さんにやられたからって……」 「さすがにそれはないっしょ。大体あんな奴ら、いつ退学になってもおかしくないから」  昼休みになっても教室内はその噂で持ち切り。何ならワタシが初耳の件も混じってる。  一体どこからそんな噂が漏れてるの? 仮に何か知ってそうな奴がいるとしたら―― 「ちょっと安土さんさぁ〜」  ――その『仮に』が、三人仲良くのこのこと私の前に現れた。全然魔除けの意味ないんだけど。 「アンタでしょ? 義江たちをやったの」 「つーか、何そのコーデ? ダッサ。似合ってないよ?」  そう言って、ワタシの机を囲みながら上から目線で凄んでくる女子三人組。いつも義江にへばりついてたコバンザメだ。まぁ義江に比べりゃ害はないし、今のワタシからすれば、もはや敵じゃないけどね。 「スルーすんなよ!」 「アンタでしょ、義江を泣かしたのって! ウチら、アンタがアイツらの部室について行くの見たんだから!」  だったら先生に報告するなりしてくれればいいのに。それを知っててワタシを助けようとしなかった時点で、アンタらも義江と共犯でしょ。  ……って、いちいち言い返すのも面倒くさいから、一応無視を決めておくけどね。 「さっきから何その態度? ムカつくんですけど?」 「ウチらよりちょっと頭良いからって、見下してるつもりですかぁ〜?」 「あれじゃない? 義江さえ潰せば、ウチらなんか敵じゃないって思ってんでしょ? いかにも陰キャラな奴が考えそうなことだよね」  それは今アンタらが考えたことでしょ? というのは、さておき。  要するにコイツら、ワタシが怖いんだ。だから先手を打って脅しておこうってワケか。わざわざ他の生徒が見てる前でね。  だとしても、これ以上こんな暇な奴らの相手するのはバカらしい。ワタシも早くお昼ご飯食べたいし、ひとまず人気(ひとけ)のない屋上にでも行こうかな。 「逃げんな!!」  ワタシが目もくれずに立ち上がると、三匹のコバンザメの内一匹が、ワタシの肩をむんずと掴んできた。  ここで昔のワタシなら、きっと言われるがまま、されるがまま。ただひたすら我慢することしかできなかったと思う。  だけどワタシは変わった――それを今一度、この場で証明する必要があるかもね。アンタらコバンザメにも、周りで勝手な噂を立てて楽しんでる奴らにも。 「腫れ物に触らないでくれる?」 「ハァ……!?」  床についている左足を支点に、掴まれた肩を力点に。加えて頭を少し(かが)めれば、自然と右足が持ち上がる。  あとは流れと感情に身を任せて、つま先をコバンザメの横顔に―― 「オイやめろ!!」  ――ブチ当てるだけ、そう思った矢先。背後より響いてきた勇ましい声が、ワタシの足とターゲットの頬の隙間に割り込み、クッションの役割を果たした。  そのせいか、逆にそのおかげか。ついさっきまで鬼の形相で粋がっていたくせに、今にも泣き出しそうな顔して膝からへたり込むコバンザメ。他の二匹も、ワタシに怯えながらすかさず地べたの仲間に寄り添う。  結果としてワタシはコイツらを蹴り損ねた。  というか、元から寸止めするつもりだったのに。たった一言余計な台詞が入ったせいで、まるでワタシが無慈悲な人間みたいになってしまった。  やっぱりワタシの気持ちなんて、誰にも理解されない。いつだってワタシは、周りにとって都合のいい悪役なんだ。 「今のは女子に向ける蹴りじゃねーだろ」  ワタシが振り返ると、いかにもヒーローが言いそうな台詞を吐いて、廊下からズカズカと乗り込んできた他クラスらしき男子。  いや、違う。よく見たら女子だ。髪はオレンジに染められたウルフヘアだし、声も喋り方も男っぽいけど、下は女子用の赤ジャージの上に制服のスカートを履いてる。例えるなら、炎が制服を着てるみたい。  それと、その隣には「ちょっとカツミちゃん……!!」と、何か地味な黒髪ポニーテールの女の子もくっついてきてるし。友達なの? それとも彼女?  何にせよ、この二人もワタシのことを悪と見なしてるのは確か。《百聞は一見にしかず》で、二人はワタシがコバンザメ共を蹴ろうとした、その決定的瞬間を先に見ちゃってるんだもんね。  だったら自分の口から言うことは何もない。むしろ行動で示してやる……!! 「オイ、お前……うわっ!?」  カツミとか言う女子が何か言いかけたのを遮り、ワタシは自分の座席を、これみよがしに(かかと)落としで蹴り割ってやった。  すると案の定、ワタシの奇行に目を丸くしたギャラリーたち。『怖い』『頭おかしい』『関わりたくない』……想像できうるいろんな言葉が視線となって、一斉にワタシを突き刺してくる。  決して気分はよくない。よくないけど、とにかくこれでアンタたちも充分納得したでしょ? 分かったら、もう…… 「……腫れ物に触らないでくれる?」  ダメ押しに同じ台詞を吐き捨てつつ、ワタシは誰の反応も待たずに、今度こそ自分のカバンを持ってそそくさと教室を出た。  こんなワタシを今さら止めに来る人なんて、さすがにいない。コバンザメも、ヒーロー気取りのあの子でさえも。  それでも昔よりはまだマシだと思うしかない。同じ独りぼっちでも、敵がいるかいないかじゃ大違いだから。  あ〜あ、あとで他の教室から余ってる椅子を貰ってこないと。その前にまず、先生に聞かれたら何て答えよう?  何もかも上手くいくようで、上手くいかない。自分の力で望んだ孤独を得られたはずなのに、今はその孤独が淋しい。  何でこんなふうになっちゃったんだろう、ワタシ…… 「……お腹空いた」
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