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天下統一編・第五話 【覇者の頂(いただき)】
「……いただきます」
ワタシのせいで殺伐とさせてしまった教室を抜け出し、安息の地を求めてやってきたのは、生徒がまばらにいる学校の屋上。
その扉近く、なるべく人目につかない所に腰を落ち着けて、早速カバンから手作りのお弁当を取り出す。
ちなみに今日は少量のオムライスに、ベビーチーズをベーコンで巻いたものが二つ。あとはプチトマトとか、星型にカットしたニンジンとか諸々。冷凍は一切なし。
「……うん、今日も最低限美味しい」
誰に聞かせるでもない感想をぼそりと呟き、食べる前から分かってる味を噛みしめる。
家でも学校でも一人ぼっちのワタシに、この味を共有できる人なんていない。だからって自分まで楽しむことを忘れたら、料理も食事も、いよいよただの生きるための作業になってしまう。
……まぁ、それでもただの強がりでしかないってことは、充分自覚してるつもりだけど。
「あっ」
突然ぽつりと、降り始めた雨みたいな声がしたので見上げてみれば。
ワタシの元に近づいてきたのは、オレンジの髪をした男子みたいな女子と、その後ろから霊みたいに顔を出しているポニーテールの女子……ついさっき、教室でワタシを邪魔してきた二人だ。
「……まだ何か用?」
「別に? 俺らはここに昼飯食いに来ただけだ。つーかお前、さっきの今でよく呑気に飯食えるよな」
「昼休みにワタシみたいな陰キャはお弁当食べちゃいけないわけ?」
「ンなこと言ってねーだろ! 俺はただ、泣かした奴ほったらかしにして飯食える神経が分からねぇっつってんだ!」
自分のことをいちいち『俺』っていうのが妙に気になる……っていうのは、さておき。我ながら捻くれた発言をしてしまったせいで、オレンジ頭の方を余計に怒らせてしまった。これだから嫌われるんだろうね、ワタシって。
にしてもこの人もこの人で、何で赤の他人のためにそこまで真剣に怒れるんだか。そういう正義感っていうの? 鬱陶しがられたりしないのかな?
「なぁマコ、やっぱ教室で食おうぜ」
「う~ん……でもせっかくだし、今日はここで食べようよ。あとは安土さんさえよければ、だけど……」
と、やけに遠慮がちな態度で提案してきた、マコとかいう背後霊さん。今のやり取りを見た上で、まさかワタシと一緒に食べようっていうの? あと何でワタシの名前知ってるの?
思わぬお誘いに、内心戸惑ってしまう。こんなときに普通はどういう反応をしたらいいんだろ?
これまでの経験上、あえてワタシと仲良くしようとしてくる人間は、決まって何か裏があるように思えて仕方ないんだけど……でも……
「ワタシは別に――」
「おい、テメェか? 安土って奴は」
――と、ここでまた邪魔者が一人。いや、七人。今日一日でどれだけ絡まれるのやら。
ユニフォームこそ着てないけど、ガラの悪さからして野球部の残党だろうね。相変わらずの集団行動で、女子以上に女々しい人たちだなぁ。
「お前が安土かって聞いてんだよ、オイ!!」
「俺ら、お前が仲間に怪我負わせたせいで大会出れなくなっちゃったんだけどさぁ~……どうしてくれんだよ?」
大会なんて元々出るつもりもないヤンキーのくせに、何言ってんだか。要するにお礼参りってヤツでしょ?
この程度の奴ら、今さら相手してやるくらい、わけないんだけど。でも周りにちらほらいる他の生徒たちの視線が痛いし……だからこういうときは、ワタシも他人のふりして無視するに限る。
「無視すんじゃねえよ!」
「待てよ! 女子相手に寄ってたかって、ダセェだろ」
「ァア? お前には関係ねぇだろが、どけっ!」
せっかくワタシが穏便に済まそうとしてるのに、やはりというか何というか。ここにきてオレンジ頭が頼んでもないのに自らヤンキーに立ち向かい、ワタシや背後霊さんが見てる前で突き飛ばされてしまった。
とっさに「カツミちゃんっ!」と心配の声を上げた背後霊さん。けどそのわりにオレンジ頭は余裕な表情のまま、両足で踏ん張ってみせている。
ただそれ以上に不思議なのは……ついさっきまでワタシのことを敵視してたのに、どうして今は庇ってくれるの?
「なぁ、ちょっとはこっち向いてくんねぇかなぁ?」
「つーか、よくこんな状況で偉そうに飯食えるよな? 頭イカれてんのかよ」
一人また一人としゃがんで取り囲んでくるヤンキー。にも関わらず、ワタシが依然として誰とも目線を合わせずに、昼食の続きを決め込んでいると……
「調子乗んなよゴルァ!!」
やがて一人のヤンキーがけたたましい怒鳴り声を上げて、ワタシの弁当箱を蹴飛ばしてしまった。
学校の屋上にベチャッと散乱するおかずたち。子どもの頃から使い続けてそこそこ愛着のある弁当箱に至っては、ヒビが入ってしまってる。
これにはワタシも……うん、さすがにちょっとムカついたかな。
「……ァア? やんのかよ? オラ、来いよ!」
ようやく重い腰を上げ、そしてジロリと、ヤンキーを端から端まで睨みつけてやる。
そしたらワタシの弁当箱を蹴飛ばしたヤンキーが、震え気味な声で凄みを醸し出してきたけど。その割にはちゃっかり身構えてるし。すでにお仲間を四人も潰してるワタシのことを、一応は警戒してるのね。
でもアンタらの相手は、ひとまず後回し。
「安土さん……」
「お前……」
背後霊さんやオレンジ頭の心配も、逆に嘲笑ってくるヤンキーたちも気にせず、ワタシは無心におかずをヒビ割れた弁当箱に戻していく。
別に三秒ルールを気にしてるわけじゃない。ワタシはただ、この中で誰よりも大人でいたいだけ。
それでも万が一、ヤンキーたちがお弁当箱だけじゃ蹴り足りないっていうんなら、そのときは……
「気取ってんなよ、テメェッ!!」
「……おい」
「ァア!? お前、邪魔……ごぉふぇっ!?」
地面の影で分かる、振り上げられた男の足。しかし人の姿を成していたその影は、ワタシが対処する前に形が崩れてしまった。
振り返って実物を確認してみれば、なぜかみぞおちを抱えてのたうち回っているヤンキー。無様なその姿を冷めた目つきで見下ろしてるのは……オレンジ頭。
「女子に向かって、それも背後から……いよいよクズだなお前は」
まるで漫画みたいな台詞を吐き捨てて、拳をそっと引っ込めるオレンジ頭。まさかアナタがその拳でかばってくれたの? ワタシなんかを? 何のメリットもないのに?
「拾ってろよ。コイツらは俺がやっとくから」
背後でキョトンとしているワタシにそう言うと、オレンジ頭は背を向けたまま、あらためてボクサーのような構えを取った。
もしワタシが普通の女の子なら、きっとこの瞬間に惚れてたかもしれない。あの背後霊さんも彼の……いや、彼女のそういう所が好きで一緒にいるんだろうね。
だけど、ごめんなさい。決して君を信用してないわけじゃないんだけどさ。
「余計なお世話」
「ハァ? 何だよ、それ……って、おい!?」
オレンジ頭が呼び止めるのも無視して、ワタシは自ら残りのヤンキーの群れに突っ込んだ。
あいにくワタシは弱い者扱いされるのが嫌いなの。たとえそれが君なりの優しさだったとしてもね。
だから自分のお弁当は自分で片付けるし、自分の敵も自分で片付ける……どうせこれがワタシの宿命なんだから。
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