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天下統一編・第七話 【重宝】
誰もいない屋上で、いそいそとアルミホイルを脱がして、ラップも脱がして……朝から約六時間ぶりに、大好きな黄身と向き合う。
もちろん黄身だけじゃない。他にもハムにトマトにポテトサラダ、それら全てがパンにサンドされ一致することで、初めてお弁当として成立する。
とくに今日のお弁当は特別。昨日までとは違う。
「(やっぱ、お弁当箱要るかも)」
そう、今日のお弁当は昨日までと違って、お弁当箱がない。昨日のヤンキーのせいでね。
それでもワタシは妥協しない。たとえお弁当箱を手放しても、唯一の生きがいであるお弁当作りまで手放してしまったら……ワタシの人生、いよいよ中身までなくなっちゃうもの。
「あっ、いた」
考え事しながらサンドイッチにかじりついていたら、ここでまたぽつりと、降り始めた雨みたいな声がした。
見上げれば、やはり例の二人組。ワタシのお弁当箱を拾ってくれた背後霊みたいな子と、ヤンキー相手に加勢してくれたオレンジ頭の子だ。
「よかった、お休みじゃなくて。さっき教室に行ったらいなかったから……」
とか言いながら、ワタシなんかに愛想笑いしてくる背後霊さん。名前は確か、マコだっけ? 口ぶりからして、今回はワタシが目当てで屋上まで来たらしいけど……
「何か用?」
「あっ、うん。えっと……安土さん、それ今日のお弁当?」
「だから何?」
「そ、そっか。偉いよね、手作りって」
「普通でしょ」
「そうかなぁ? 私はいつもママが作ってくれるけど、正直ちょっと嫌っていうか、『中学生にもなってキャラ弁は恥ずかしいからやめて』っていつも言ってるのに……」
わざわざこっちから用件聞いてあげてるのに、まるで友達みたいにポロポロと愚痴をこぼしてくる背後霊さん。食事中に埃のごとく積もる話はやめてほしい。
大体、親に作ってもらっておいて嫌だとか贅沢すぎる。そんなのワタシからしたら……
「さっきから何? わざわざ自慢しにきたわけ?」
「えっ? いや、自慢って……」
「お前さぁ、こっちはただ話しかけてるだけなんだから、そんな突っぱねる言い方しなくてもいいだろ?」
しびれを切らして、つい尖った言い方をしてしまったワタシ。そしたら案の定というか、ここでもまたオレンジ頭が正論をぶつけてきた。
確かに今のはワタシが悪かったかもしれない。だけどしょうがないじゃん。これまでワタシに話かけてきた奴なんて、決まって何か裏がある奴ばかりだったんだもん。
「つーかマコも、コイツに何か用があって来たんだろ?」
「そうだった……あの、安土さん。これ!」
いい加減、用がないなら消えてほしい――とか思っていた矢先、何やらいそいそと手持ちのカバンの中を漁り始めた背後霊さん。そこから差し出されたものは、可愛らしい布に包まれていて中身が分からなかったけど。
マコがその布を優しく解くと、これまた可愛らしいウサギ柄のお弁当箱が顔を覗かせた。
「これは……?」
「昨日、安土さんの弁当箱、壊されちゃったでしょ? だから、その……昔私が使ってたヤツでよければと思って……あっ、ちゃんと洗ったから!」
たどたどしい優しさアピール。要するに情けでお古をくれるって話ね。
その気持ち自体は嫌じゃない。何なら嬉しい。でもだからこそ戸惑うし、これまでの経験上、親切の裏に嫌がらせがあるんじゃないかと勘ぐってしまう。
「あの……いらないなら別に……」
「いや、別に『いらない』とか……でも何でワタシに?」
「それは、まぁ……私はもう使わないし。あと、ちょっとしたお礼も兼ねてっていうか」
「お礼?」
「ああ、え〜っとぉ……」
「いいから貰ってやれよ、コイツの気持ち」
いつまでもワタシが疑り深くいると、言葉に詰まった背後霊さんに代わってオレンジ頭が促してきた。
いまいち理由は分からない。けど少なくともこの二人には悪意がなければ、ワタシに対する《仕切り》というものもないらしい。それこそ、そのお弁当箱みたいに。
むしろ未だに《仕切り》を取り外せていないのは、ワタシの方。
「あり……がと」
素直とまではいかないものの、とりあえず受け取ったそのお弁当箱は、気のせいか中身がないのに温かく感じた。
このあとすぐに背後霊さんの本名を知ったんだけど、それでハッキリした。ワタシが感じた温もりの正体は、《マゴコロ》だったんだって。
「さて、用事も済んだし。そろそろ俺らも食おうぜ?」
「うん。安土さん、ここで一緒に食べてもいい? 勝美ちゃんもいいでしょ?」
「えっ? まぁ俺はいいけどさ。今から教室に戻んのも面倒くせぇし」
「ワタシも、別に……」
「えへへ、じゃあみんなで食べよっ」
ワタシの心が追いつかないうちに、気づけば自分の周りがおかずみたいにギュッと詰まってきた。
こんなの初めてかもしれない。机を寄せ合う小学校の給食ですら、ワタシだけ隙間を空けられてたのに。
だから今日のお弁当は特別……昨日までとは、一味違う。
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