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天下統一編・第八話 【三本の矢 −集束−】
「あっ、卵焼き美味しそう! 今日も信織ちゃんの手作り?」
「『今日も』っていうか、基本的に毎日作ってる。あと今日は卵焼きっていうより、豚肉を挟んだ《とん平焼き》」
「スゴい……私のママでもそこまでやらないよ」
「信織って、意外と女子力高ぇよな(シャカシャカ……)」
いつもの学校の屋上で、マコから貰った新しいお弁当箱を開けると、すかさずマコが中身を褒めてくれる。その隣では勝美が壁にもたれて、立ったままシェイカーを振り続けてる。
周りには他に誰もいない。ここで野球部の残党とのいざこざがあったせいか……あるいは前にも増して、ワタシが誰にも寄りつかれなくなったせいかな?
だけどそれでいい。誰にも侵害されずに落ち着ける居場所を、ずっと望んでいたんだもの。
それにワタシはもう、いつの間にか一人ぼっちじゃなくなったから。
「勝美ちゃん、毎日同じプロテインで飽きない?」
「同じじゃねえよ。今日はイチゴ味で、昨日はチョコ味だったろ? それにこれはルーティンだから、飽きるとか飽きないとかの問題じゃねえんだよ」
「ふぅん。でも勝美ちゃんも信織ちゃんも偉いよね、毎日続けられることがあって」
「マコだって、毎朝早起きしてアニメ見てんじゃん。見逃し配信で見ればいいのに」
「だってリアルタイムで見たいじゃん? それに朝から癒やしがないと、スイッチが入らないっていうかさ」
「それをルーティンって言うんだろ」
黙々と食べるワタシの隣で繰り広げられる、二人の世界。つい最近までのワタシなら、耳障りで不毛な会話としか思えなかった。
でも今はそれも、何だか心地良く思える。何ならその世界に、ワタシも片足を突っ込んでいるんだっていう実感すらある。
例えばある日の昼休みでは――
「信織ってさ、何かスポーツやってた?」
「ボクシング」
「ボクシング!? マジで!?」
「キックの方だけど」
「ああ、そっちか。でもキックボクシングだって、手は使うだろ?」
「うん。でも使いたくない。ワタシの手は料理するためのものだから」
「海賊のコックかよ。けど、そっかぁ……信織ならウチでも見込みありそうなんだけどなぁ」
「ウチ?」
「ああ、俺ん家ボクシングジムだからよ。よかったら今度見に来いよ」
――と、まぁこんな感じで。勝美との会話は基本、フィジカル系になる。
ちなみに後日、そのボクシングジムを見に行ってみたんだけど……勝美のお父さんの、ちょっと……いや、だいぶ? 気前が良くて暑苦しくて強引な勧誘を丁重にお断りして以来、いまいち行く気しないんだよね。
また、ある日の昼休みでは――
「えっ!? 信織ちゃんも《偉っ子アニマル》好きなの!?」
「うん、まぁ……テレビでやってたら、つい見ちゃうし」
「やっぱ見ちゃうよね、可愛いし! ちなみに何推し!? 私は《おだにょぶにゃが》っ!」
「う~ん……《ぽよぽみひでよぴ》、かな」
「あ~っ、それもイイ~っ!! ねぇ、今度一緒にアキバまでグッズ買いに行こ? ぬいぐるみとかガチャとかさ……」
――みたいな感じで、マコとの会話は基本、サブカル系で盛り上がる。というかマコの琴線に触れた時点で、ほぼ一人で暴走してる。
一応説明すると《偉っ子アニマル》っていうのは、歴史上の偉人を可愛らしいアニマル風にデフォルメしたキャラクターのことなんだけど……この話題になると、決まって勝美は暇そうにしてるんだよね。
このように、柴村勝美と長羽丹――二人はワタシから見て、明らかに真逆のタイプ。なのに、それが友達同士なんだから不思議。
そして、そんな二人とはクラスも性格も違えば、今までずっと一人ぼっちだったワタシが、こうして一緒にお昼ご飯を食べてることもまた不思議。
唯一ハッキリしてるのは、孤独で退屈だったワタシの日常が、二人のおかげで良い方向へと変わり始めたということ。
自分には一生無理だと、いつしか心のどこかで諦めてしまっていた日常。そのくせ心の底から求めていた日常が今、確かにここにあるんだ。
まるで神様が与えてくれたような、またとない貴重な時間……それをワタシは精一杯楽しまなくちゃいけない。少なくとも、ここを卒業するまでは。
● ● ●
「なぁ、二人はどこの高校に行くとか、もう決めてんの?」
ある日の昼休みも、いつもの屋上でいつもの二人とお昼ご飯を食べていると。ふいに勝美が、中学生らしい素朴な質問を投げかけてきた。
「ん~、私はまだ……信織ちゃんは?」
「ワタシは茶校」
「えっ、茶校!?」
「マジで!? じゃあ俺と一緒じゃん!!」
ワタシが答えた途端、素っ頓狂な声を上げたマコ。何でそんな心配そうな目を向けてくるの? とりあえず勝美と進学先が一緒、というのはワタシも嬉しいんだけど……
「茶校って確か、昔は『ヤンキーの巣窟』って言われてた所でしょ……?」
「昔の話だろ、それ」
「分かんないじゃんっ! それに勝美ちゃんはともかく、信織ちゃん頭良いんだし、他にもっと高校選べるんじゃないの?」
「『俺はともなく』って何だよ」
勝美の危うい成績はさておき。なるほど、マコが心配してたのはそこね。
まぁ勝美の言うとおり、今は違うっていうんならワタシは気にしないし。仮にヤンキーがいたとしても、ワタシたちなら心配いらないと思うし。何より、ワタシの問題はそこじゃないっていうかね。
「家から近いし学費も安いからって、お母さんが」
「学費って……奨学金制度は?」
「別にそこまで頑張って行きたい学校があるわけじゃないし」
ワタシの気持ちを率直に伝えたことで気を遣わせちゃったか、あるいはガッカリさせちゃったかな。マコの顔が明らかに気まずいものになってしまった。
せっかく心配してくれて申し訳ないけど、こればかりは仕方ないよ。我が家の親子関係はお世辞にも良好とは言えないけど、娘として最低限、物理的に親を苦しめたくはないからね。
「そっか……そうだよな。普通はそこまで考えなきゃいけないんだよな」
「勝美ちゃんは、何で茶校がいいの?」
「俺はただ、昔の知り合いが通ってたから興味があるってだけかな」
「知り合いって、まさかヤンキー……?」
「そうだけど、でもただのヤンキーじゃねえよ。何せ、茶校で頭張ってた人だからな」
「余計怖いじゃんっ!」
「怖くねぇよ! むしろ優しいっつーか、人としてカッコいいっつーか……とにかく強い人なんだよ! 俺の親父も『プロ(ボクサー)としてやれる』って、一目置いてたし!」
ずいぶん誇らしげに語る勝美。やはりフィジカル系の話になると、テンションが五割増しくらいに上がってる。こうなってくると、逆にマコがドン引きするんだよね。
それにしても、勝美がそこまで他人のことを喜々として語るのも珍しい。どうやら本気で尊敬してるんだね、その頭張ってたっていうヤンキーのこと。
「……けど、いつからか急にウチのジムに来なくなったんだよなぁ。茶校からヤンキーが一気にいなくなったのも、その頃だしさ」
ここにきて、沸点に達していたはずの勝美のテンションが急激に下がり、どこか遠い目をし始めた。
ヤンキーとはいえ、生徒に変わりはない。その生徒が一斉にいなくなるなんて……そう思うと、少しはマコが進学先として懸念する気持ちも分かった気がする。
もちろん、尊敬する人と突然会えなくなった勝美の気持ちもね。
「勝美はその人に会いたいの?」
勝美の淋しそうな横顔を見てるうちに、ワタシは思わずそんなことを口にしてしまっていた。
無神経だったかな? これでもし勝美の気に障ったらどうしよう? ……なんて、コミュ障のワタシが今さら遅い後悔をしていたら。
「そりゃあな。まぁ、別にそれが理由で茶校に行きたいってわけじゃねえけど……何かずっと憧れてたんだよ、《茶校》って響きにさ」
そう言って勝美が気さくに笑いかけてくれたから、ワタシは少しホッとした。
理由はどうあれ、勝美は憧れがあって茶校に行こうとしてるんだ。それに比べればワタシなんて大した理由じゃないから、勝美が単純に羨ましい。あと、マコだって……
「そっかぁ……じゃあ二人とも、もう茶校に行くって決めてるんだね。じゃあ私も茶校にしようかな」
「ええっ!? お前、散々言ってたくせによぉ!!」
「それはそうだけど、でもよく考えたら、私も別に行きたい高校とかないし。だったら一人でも多く友達がいた方がいいかなと思って」
慎重派かと思いきや、意外とあっさり決断を下したマコ。いくら何でも理由が単純すぎて、さすがにワタシも勝美も呆気にとられてしまった。
自分の人生なんだし、何もそこまでワタシたちに合わせてくれなくてもいいのに……とは思う。
ただそれ以上にワタシは嬉しかった。だってマコは、こんなワタシを含めて『友達』と言ってくれたから。
だからワタシも、そんな友達の素直な気持ちを尊重したい。
「なんだよ、結局三人一緒かよ」
「何、嫌なの? っていうか勝美ちゃん、受験勉強の方は大丈夫?」
「えっ? あ~、いや……そうか、あそこはもう誰でも入れるヤンキー校じゃねえもんなぁ……」
急に頭を抱えて、勝手に氷点下まで落ちこみだした勝美。と、それを温めるようにクスッと笑うマコ。
この先も、この二人と一緒なら……たとえどんなに悪名高い学校だとしても、少しは高校生活が楽しみになってきたかもね。
「フフッ」
「おい信織! 自分は余裕だからって、笑ってんなよな!」
「じゃあ今から三人で勉強するしかないね。私と信織ちゃんが先生で」
「……仕方ないね」
「おなしゃす! 先生っ!!」
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