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3.真意
ふと小池が視線を上げると、村野一樹の食い入るような表情があり、思わずのけぞってしまった。
「お分かりいただけましたでしょうか」
何をどう分かったと言わせたいのか、小池は頭を抱えたくなった。何となく村野の言わんとすることが頭をよぎったが、出来れば触れたくないと思った。
「かつてウルトラマンだった経験は、きっと警備に役立つと思うんです。いや、天職と言ってもいい。なぜもっと早く気が付かなかったのか、後悔すらしています。だからこそこれから先は、ウルトラマンだった頃のノウハウを御社のために活かしたい。そう考える訳です」
一気にまくしたてると、さすがに喉が渇いたのか、村野はお茶のお代わりを所望した。
-ヤバイ奴が来たな
小池は履歴書に視線を落としたまま、どうやって帰ってもらおうかと考えていた。
「村野さん。たしかに弊社は、サニーさんとは比べ物にならないくらいの小さな会社です。だとしても、ウルトラマンはないでしょう。バカにするのもほどがある。お帰りください」
「ちょっと待ってください。私が嘘をついているとでも?」
「嘘も何もないでしょ。かつてウルトラマンでしたと言われて、そうなんですね、すごいですね、なんて言う人間がこの世にいますか? 人を虚仮にするにもほどがある」
「嘘じゃありません! あぁ、そうか。ウルトラマンだった期間が問題なんですね? たしかに私がウルトラマンだった間、怪獣は現れませんでした。テレビにもなっていません。ですが、その間も地球の平和のために、至る所で人助けをしていたんです。おばあさんの荷物を持ってあげたり、迷子の両親を探してあげたり、外国人に地下鉄の切符の買い方を教えてあげたり…」
小池はボリボリと頭を掻くと、溜息をついた。この頭のおかしいオッサンをとにかく黙らせなければ。
「あのぉ、村野さん、それって単に親切なおじさんですよね」
村野が、じっと小池の目を見据えている。その目は真剣そのもので、殺気すら漂わせていた。そしてまた、とんでもないことを口にした。
「どうすれば私がウルトラマンだったと信じていただけますか?」
小池はさすがに頭にきた。いくら年上だとは言え、これが面接官に対する態度か。
「じゃあ、村野さん。光線出してくださいよ。ウルトラマンと言えば、必殺光線でしょ。出してくださいよ、光線」
村野が困り果てた顔をする。小池は、ようやく厄介払い出来ると席を立ちかけた。
「申し訳ありません」
村野が深々と頭を下げる。謝罪などどうでもいいから、早く帰ってくれと小池は心で念じた。
「光線は出せないのです。契約が切れているので」
「何ですか? 契約って?」
よせばいいのに、思わず小池は問いを発していた。
「ウルトラマンと契約を交わしていたのは、1974年の4月から1979年3月まででした。私の前任はウルトラマンレオですが、私はレオの前任である、ウルトラマンタロウの弟、ジロウと契約したのです。ところが、後任のザ・ウルトラマンが来るまで、つまり私がウルトラマンジロウだった間、怪獣は一体も現れなかった。怪獣が一度だって暴れてくれたら、ウルトラマンジロウとして戦ったものを…。それでも私はウルトラマンであるという責務を全うするために、精一杯人々のために働いた。光線を使う機会はありませんでしたが。
私もタロウ兄さんと同じ、ストリウム光線を使えましたが、それはあくまで契約期間中だけです。今となっては、無理であるというのは、そういう理由からなのです」
村野一樹は、一気にまくしたてると、目の前のお茶をがぶ飲みして、湯呑をテーブルに叩きつけるように置いた。その目は、まっすぐ小池に向けられていた。認めてもらえるまでこの場を動くまい、という強い意志を感じさせる眼差しであった。
それに反して、小池章宏は人生史上初と言ってよいほど呆れかえっていた。ふと我に帰り、とにかくこの頭のおかしいオッサンとの関わりを絶ちたいという思いしかなかった。しばらく沈黙した後、小池は一計を案じた。
「では、村野さん。あなたがウルトラマンだったという確たる証拠をお持ちください。あなたが本物のウルトラマンだったというなら、採用しましょう。よろしいですね?」
一樹は、腕組みをすると、右手の人差し指を、トントントンと三回上下させた。一樹が何か考え事をする時の癖である。
「証拠ですか。分かりました。何とかします。約束、忘れないでくださいよ」
そう言い放って帰っていく村野の背中を見ながら、小池は得体の知れない疲労を全身で感じていた。
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