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バッと手首を掴まれ、シャナの動きが封じられた。そのまま床に落ちていた白いTシャツのような物で、組んだ両手首をぐるぐる巻きに縛られる。
シャナは茫然とした。
「こんなことしたくないんだけど、しょうがないよな……」
男はハーッとため息をつき、
「いい? 暴れないって約束するなら、ほどいてあげるから。あー参ったなぁ……」
どうしたものかと天井を仰ぐ。
「こんな状況でなんだけど、とりあえず名乗るよ。俺は季咲隆弥。定時制高校の教師をしてる」
「教師……?」
どくっ、とシャナの胸がざわめいた。
「で、きみは?」
「……シャナ」
「しゃな? それ本名? 歳は? なんであんなことしたの」
「言ったら、あたしを警察に突き出すの?」
「……まあ、場合によっては」
聞くと同時にシャナはダッ!と駆け出した。不自由な手で玄関扉のレバーを押し下げ、外に逃げようとドアに足を掛ける。
「えっ!? いやちょっと、わかった言わない、言わないからちょっと待って!」
追ってきた手に服をつかまれ、玄関に裸足でたたらを踏んだ。
「はなしてよ!」
「できるわけないだろ、きみ病み上がりなんだし。第一、こんな夜更けに女の子ひとりで外歩きなんて」
うるさい。
「もう一度聞くよ。なんであんなことしたの。金に困ってるなら、少しなら……」
片手をポケットに突っ込む隆弥に、シャナはぶんぶんとかぶりを振った。
「お金なんか、ただ……」
「タダ?」
「私は、ただ、眠りたい」
「眠りたい? どういう意味」
「だから、……眠りたいの。誰かの肌に触れていないと、私は眠れないの。もう二日も眠ってない、限界なの。もうおかしくなりそうなの!」
「……そう?」
隆弥はよくわからないように首を捻ったが、しかし世の中、そういうこともあるのかな。と無理に理解するように頷いた。
「ご両親は?」
「死んだ、二人とも。一人暮らし、だし」
「……そう」
今度は気の毒そうに眉を下げる。
「ならペットでも飼って一緒に寝たら」
「年上の男の人じゃないとだめなの」
「業の深い子だな……」
うーん。うなだれた隆弥の後ろで、ふいに間の抜けたメロディーと共に『お風呂が沸きました。お風呂が沸きました』お風呂が言った。
「……あー、うんわかった。とりあえず、こっちきてお風呂でも入って? 湯冷めしないように……これ着て。と、これ」
隆弥は玄関にシャナを残すと、部屋の奥から上下の黒いスウェットを引っ張ってきた。
「下着は……、どうしようもないか」
ぶつぶつ言いながら顎に手を当てる。
「トランクスで良ければ貸すけど」
「いらないです」
まるで女扱いされていない。親戚の子でも遊びに来たような態度にシャナは面食らった。わずかに傷つく自尊心。でもそれを上回る、なにか嬉しいようなこそばゆい気持ち。
「……服だけ、お借りします」
うつむいて答えると、隆弥はやや目を見張った。それからしゃがみ込んで顎に手をつき、「うん」と言って、少し笑った。
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