三 狛犬の話───かくも災難なひととき

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 二人と同じく箱を囲み、中身に手を伸ばしつつも、暁生は不満げだ。 「なんか楽したいのか何なのか知らねーけど······こうやって厄介事持ってくるんだぜ」  運び込まれたこれらは、いつもと同じ様に、ひとつひとつ状態を確かめていく。今や使われてはいないモノにも、邪気などが憑いていたりするのだ。  中でも注意を必要とするのが、人外によるこの世ならざるモノ。邪気以前に、それそのものが何かしらの作用や効果を引き起こしてしまうことがある。 「またなんか問題が起こらなきゃいいんだが······」  警戒して、この作業中は店の戸を閉め切っているのだ。 「でも今回はものが少なめだし大丈夫じゃない?」  作業の合間の暁生のぼやきにも慣れた様子で、春依が中のものをひとつ取り出す。「あ、透雨、これは──」  この世ならざるモノとそうでないものの判別が難しい時、いちばん知識のある透雨に訊ねる。彼女でも分からないものは暁生と春依にはお手上げなので、一旦保留。後でありとあらゆる資料を引っ繰り返して調べる。 「暁生、仮にも貴重品だから丁寧にね」  投げ()り感をつきまとわせていたら、透雨がぽそりと突っ込んできた。 「······分かってるって」 「ん? なんだろ······これ。何かの手帖(てちょう)かな?」  春依の手元。  布張りの表紙に、和紙のような紙の束が縦に長く()じられている。使い込まれた古さは見受けられるものの、廃棄せねばならないという程の傷みはない──気がした。  春依がそれを、何の気なしにぱらぱらぱら~とめくる。──その時だった。  紙の合間から何かがモワーンと飛び出した。 「「「 わっ······!? 」」」  咄嗟に身構える三人の(そば)に、飛び出た何かは着地した。おいおい前にもこんな事があったな······と暁生が思ううち、ソレに纏わりついていた煙が晴れていき、なにかの姿がはっきりと見え······  三人は、(しば)しの沈黙ののち、ゆっくりと声を合わせた。 「「「 ······子犬?」」」  透雨が口元に手を当て、「可愛い」と目をきらきらさせた。透雨って子犬好きだったのか。  だが、その子犬の目がキッと吊り上がった。 『──子犬だと!? 失敬な! 我は高貴で由緒ある霊験あらたかな狛犬(こまいぬ)であるぞ!』  急に言葉を発したことに、三人は動じなかった。しかし暁生が別のところに反応する。 「狛犬だぁ?」  遠慮なくじろじろと眺めてから、言った。 「お前············ポメラニアンじゃねぇか」  ······そう。どこからどう見てもポメラニアンなのである。  誰が見てもそれなのだ。  特別変わった特徴のない、小麦色でフワッとした毛並みの。  いやまあ、強いて言うなら、普通じゃないところは······その姿の輪郭が透けている辺りか。  霊験あらたかな狛犬ってこんなだっただろうか。 『なんとぶしつけな人間か! 我のこの「ぷりちー」な姿に文句があるのか!? このモフモフフワフワな毛並みそこらの生き物とは比べものにならぬぞ······!』 「狛犬としての威厳を出したいのか、ポメラニアンを推したいのか、どっちだよ······。変なプライドだな」  頭を振りつつ、圧に押されるように一歩下がる暁生。もしかしたらコイツは自分の姿が分かっていないんじゃないかと思ったが、そういう訳ではないらしい。
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